自分探し

学校選び

少し前にある方から電話がありお子様の学校について相談された。中学生のお子さんの進学先をどのように選ぶべきか、悩んでいらっしゃった。今は中学、高校一貫の学校に通っているので無理に変えなければそのまま進学できる。が、お子様の学校との相性があまり良くないという。お子様本人も「学校に馴染めていない」と親御さんに相談しているらしい。心配した親御さんが学校に相談すると「非常に馴染んでおり楽しそうにしている」とのコメントをもらったという。このまま系列の高校に進学させるか山形県にあるキリスト教系の全寮制学校を視野に入れるべきかを相談してこられた。山形県にあるキリスト教系の学校というのはキリスト教独立学園のことである。

キリスト教独立学園

仕事柄国内外のミッションスクールについては乏しいながら若干の情報がある。キリスト教独立学園はその中でも非常に有名で元同僚も数名この学園を見学させていただいている。自分は直接を訪問したこともないので十分な知識はないが、非常に評判の良い学校である。内村鑑三先生の門下生だった鈴木弼美(すけよし)氏によって建てられた学校と聞いている。内村先生の有名な言葉である

読むべきものは聖書である

学ぶべきものは天然である

為(な)すべき事は労働である

を大切にし、キリスト教の信仰教育を土台とした全寮制学校である。

詳しい情報はこちら

主体的に生きる

前出の相談に話を戻す。
親元を離れて暮らす子どもは「親に心配かけたくない」という気持ちと、自分の存在意義や居場所探しのために「故意に心配をかけたくなる」気持ちがある。これは親元を離れていなくても同様かも知れない。

電話口で親御さんに申し上げた。「学校に馴染んでいないということは無いと思います。十分馴染んでおり楽しんでもいると思います」と。しかしこの先がある。

このような表現をする生徒に対して周りの先生方は「十分楽しんでいる」という評価をして、本人が親御さんの気持ちをひくためにわざと心配させるような表現をしている、直感した。ここにも問題がありそうである。表面を繕うことができる年代である。自分の悩みをきちんと聴いてくれる人、もう少し言うと自分を受け入れ寄り添ってくれる人を探していることに気づいていないからだ。

電話の保護者に対して更に続けた。「今の学校に馴染んではいるけど、まだ主体的に生きることができないようですね」と。主体的に生きる、とはどういうことなのか。

必要とされる生き方

一言で言えば、自分が必要とされていることに気づいた時にはじめて「主体的に生きる」ことができるのだと思う。そしてその時自分の居場所を見つけ存在意義を確認することができる。これを何度も繰り返すのが人生なのでは無いかと思っているしこれを「自分探し」と言うのだと思う。だから電話口に向かって「系列校に進学しても独立学園に行っても主体的に生きられるならどちらでも大丈夫。しかし、今すべきことは学校を探すことでは無く自分の居場所を探すことだと思います。学校でも家庭でもお子様が必要とされていることを明確に示し、実際にそのような場を見つける手助けをすることが必要だと思います」と申し上げた。

中学生だけではない。大人になってもずっと人は必要とされることで生きることができる。

日ごとに、神は、ご自分の子らをお教えになる。日常生活の環境を通 して、神は、ご自分の子らが神の摂理によって彼らに負わされている一 層広い舞台での役割を果すように、彼らを準備しておられる。人生の大 危機における勝利か敗北かを決定するのは、毎日の試みの結果である。
各時代の希望電子版 p389  湖上の一夜

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