足かせ

ギプス

次男との昨日の会話。
(次男)「明日はちょっと緊張するんだよね」
(父親)「明日何かあるの?」
(次男)「小学校の帰りに病院に行くんだ。それで骨がくっついていたらギプスがとれるんだけど、自信ないんだよね」
(父親)「大丈夫、多分取れると思うよ。でも取れなかったとしたらお医者さんがその方が良いって考えてくれたんだから我慢しようね」
(次男)「ギプスがとれなかったら、ぼくすごく落ち込んで立ち直れないかも」

(父親)「・・・」

電話を切ってからすぐにお祈りした。子どもが失望する顔はやはり見たくないので何とかギプスが外れるように昨日、そして今日も朝から祈っていた。

子どもが失望する、と言えばやはり長男のことを思い出す。2017年、広島東洋カープが非常に調子よくリーグ優勝を果たした年のこと。自分は長男と「マツダスタジアム」に行って野球観戦するのが好きで機会があればチケットをとって観戦していた。が、年々カープ戦のチケットはとりにくくなりこの年はかなりチケット購入に苦戦していた。夏休みの後半、長男がどうしてもマツダスタジアムに行きたいと言うので、チケットがないまま現地に行って見た。周辺の金券ショップを全て回って見たが結局この日は収穫なし。仕方がないのでレフトスタンド下に設けられた場外からほんの少しだけ観戦できる小さな観戦スペースから観ることになった。ずっと立っているし全体が見えるわけではないので非常に疲れる。あれほど楽しみにしていた長男もイニングが進むごとに元気を失っていった。帰りの車では疲れ切ってすぐに眠ってしまった。長男の寝顔に向かって「チケット取れなくてごめんね」と何度も言いながら帰ってきた。その後カープの快進撃は続き結局リーグ優勝を果たした。そしていよいよクライマックスシリーズに。スタジアムでの試合があるので、長男から「クライマックスは抽選だけど、この前あれだけ疲れながら立ち見をしたから、今回は抽選に当たる気がする」と言われた。そしてそのためにお祈りしているとも言われた。はっきりとは覚えていないがコンビニに並んで抽選券をもらった記憶がある。そしてネットでも抽選を申し込んだような気がする。が、残念ながらふたつともはずれてしまった。長男に会わせる顔がない。そして迷わず、今はなきチケットキャンプに登録。そしてやっとのことで2枚で25000円のチケットを購入することができた。嘘はいけないと思いながらも、長男には抽選で当たったと言った。これ以上子どもが悲しむ顔を見たくなかったのだ。

そして

前述のギプスの話である。妻から送られてきた写真では次男が手を吊っていたので「ギプスははずれなかったのか」とこちらの方がかなり落ち込んでしまった。そして先ほど次男から電話があり開口一番「パパ、やっとギプスがはずれたよ」と言ってきた。「え、はずれたの?右腕を吊っているんじゃないの?」と聞くとギプスは外れたけどしばらく腕を吊りながら様子を見るとのこと。やっと安心した。ギプス固定の1ヶ月、本当に辛かったと思う。実際感情のコントロールができずに怒ったり泣くことが多かったという。自分の体なのに自由にならないのは何と不自由なことだろう。色々な道具や知恵を使える大人でも大変なのに動きたい盛りの小学生がギプスをするのは本当に辛いことだと思う。

足かせ

どんなに体が自由に動いても、何かに束縛されたり支配されることはある。色々な習慣に支配されることもあるし性格や思考回路に束縛されることもある。そして聖書は人を「罪の奴隷」と表現する。自由に動けるようで、実は全く自由ではない惨めな存在こそ人間の真の姿なのかもしれない。

23それで、ふたりに何度もむちを加えさせたのち、獄に入れ、獄吏にしっかり番をするようにと命じた。 24獄吏はこの厳命を受けたので、ふたりを奥の獄屋に入れ、その足に足かせをしっかりとかけておいた。25真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。 26ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった。 27獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。 28そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。 29すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。 30それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。 31ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。 32それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。 33彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、 34さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ。

35夜が明けると、長官たちは警吏らをつかわして、「あの人たちを釈放せよ」と言わせた。 36そこで、獄吏はこの言葉をパウロに伝えて言った、「長官たちが、あなたがたを釈放させるようにと、使をよこしました。さあ、出てきて、無事にお帰りなさい」。 37ところが、パウロは警吏らに言った、「彼らは、ローマ人であるわれわれを、裁判にかけもせずに、公衆の前でむち打ったあげく、獄に入れてしまった。しかるに今になって、ひそかに、われわれを出そうとするのか。それは、いけない。彼ら自身がここにきて、われわれを連れ出すべきである」。 38警吏らはこの言葉を長官たちに報告した。すると長官たちは、ふたりがローマ人だと聞いて恐れ、 39自分でやってきてわびた上、ふたりを獄から連れ出し、町から立ち去るようにと頼んだ。 40ふたりは獄を出て、ルデヤの家に行った。そして、兄弟たちに会って勧めをなし、それから出かけた。

使徒行伝16:23-40

20220416礼拝 説教 堀圭佑

 

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