成長

親を想う子

先日、妻から動画が送られてきた。長男の様子を知らせる動画である。学校でお友達や後輩と一緒にアカペラの讃美グループを作って活動しているのだが、卒業を前にそのグループの「讃美と証」の時間を全校集会で持たせていただきその時の動画だった。妻からメールが届くたびに体が震えるのだが今回は子どもの動画だったのでホッとした。20年ぐらい前に教員仲間で讃美のグループを作り販売用のCDを作ったことがあるがその時に収録したものを選曲していた。40歳頃に歌った曲を15歳の息子が歌っていることになんとも言えない気持ちになる。讃美の合間にメッセージが入る。息子が証をしていた。

(一部抜粋)

「自分はこのコーテット(アカペラの讃美グループのこと)を通して一番したかったことが伝道、神様のことをお伝えする働きです。いくつかの教会に行って讃美したこともあったし学校内で讃美することもあり、神様のことを讃美を通して伝えられることがとても嬉しくて充実していました。母に『自分は伝道がしたい』と話したことがありますが、徐々に母の口から神様や讃美、感謝という言葉が出てくるようになりました。もともと自分の両親はクリスチャンですが、特に母はあることがきっかけで3年ぐらい前からクリスチャンや牧師先生に対して反感を持つようになりました。自分が所属する教団の教会の牧師は怖いので他の教会に行きたい、と言って教会にも行かなくなりました。でも僕が母に対して神様のことを伝えようと熱心になると母はそれに応えるように少しずつ神様のことを口にするようになりました。そして今では毎日のようにくる手紙に『神様に祈り感謝することを決して忘れないように』と書いてくれるようになりました。これは本当に嬉しいことです」

息子の証を聴きながら、アーメンと大きな声で言った。

子どもが親を支えてくれている。母親だけではない。これを知った父親も、自分に対する不甲斐なさを感じながらも子どもに支えられていることを痛感した。

甘えさせたい

長男には負い目を感じている。本当に申し訳ないと思っている。長男が幼稚園を卒園するときに次男が生まれ、この子が病院から出られない状況になってしまい長男が一番甘えたかった時に甘えさせられなかった。よそのうちに預けられることもあり、両親のどちらかが病院で次男の付き添いをする生活だったので家族全員が集まることは殆どない生活を強いてしまった。持たせたくない携帯電話を小学校低学年から持たせなくてはならなかったし、寂しい思いばかりさせていた。本当に申し訳なかった。そして今も家族は離れ離れになっている。もしもできることならば、この子には思う存分甘えさせてあげたい。赤ちゃんがえりをさせてあげたい。可哀想でたまらない。それなのにこんなに立派に成長して・・・。

子どものことを考えると心が乱れてくるので、今日はこの辺で。

 神の摂理のうち私たちを悩ませた全てのことは、来るべき新しい世界で明白にされる。その時になると、理解に苦しんだことの理由がわかる。恵みの神秘が私たちの前に明らかにされる。私たちの限られた理解力では、ただ困惑と約束の破棄にしか見えなかったことの中に、私たちは最も完全で美しい調和を見るのである。無限の神の愛が、最も苦しい試練のように思われた体験をもたらしたということを知るようになる。全てのことが働き合って、私たちの利益となるようにしてくださった主イエスの優しい心遣いを認めるとき、言葉に言い表せない、栄光に満ちた喜びに包まれるであろう。
アドベンチストホーム P626

Kanna Anderson【私と神様】キリストへの道「信仰」

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