卒業生

メッセージ

昨日、誕生日を迎えまたひとつ歳をとった。50代になってからは特に歳をとることが怖くなり誕生日を嬉し日とは思えなくなった。昨日も多くのメッセージをいただいたが、誕生日のよりも懐かしい方々のことを思い出すことの方が楽しかった。しばらく会っていない人、消息が分からなかった人、思いがけない人等々。最近はSNSでメッセージを送ってくださるので、見失って返信できないといけないので、その都度お礼の返信をしていた。夜になってメッセージも殆ど来なくなったので、眠ろうとした時にかつての卒業生からLINEでの連絡があった。

2年前に担任していた生徒からだった。彼らはすでに卒業しており現在大学1年生になる。この学年を担任している途中で休職してしまったので、本当に申し訳なく思っている学年である。「動画を送る」とのメッセージからしばらく連絡がなかった。スタンプが送られて来たので「これのことかな?」などと思っていると、最初のメッセージから40分ほどして本当に動画が送られて来た。

動いている

あの時担任した、また学年主任として関わった高校2年生からのメッセージだった。近況を知らせてくれお祝いの言葉で綴られた心温まるメッセージ。これだけのメッセージをどうやって集めたのだろう、と思うほどたくさんの生徒からの動画。みんな動いている。涙が溢れて途中から直視できなくなってしまった。

それぞれの生徒との思い出が蘇って来た。

学習習慣がなく、勉強に集中できなかった生徒。毎晩教員室に呼んで一緒に勉強をしたのだが、それ以前の問題だった。カバンの中には授業道具の全てが詰め込まれており、宿題やプリントがカバンの中でしわだらけになっていた。カバンの中身を全てだし、クリアファイルを渡しファイリングを教えた。毎日持って来なくても良いものを部屋の本棚に置くように指導しノートの書き方から一緒に学んだ生徒。しかし、彼には特別な事情があり、悲しい過去があった。その状況も共有して毎日祈り続けたことを思い出した。ピアノもパイプオルガンも天才的に上手な彼は音楽系の道から一転福祉の道を選んだ。

ある生徒は自分が担任する少し前にお父様を亡くした。このお父さんも自分の教え子であり高校時代2年間を担任した。お父さんそっくりな容姿の息子なので、思わずお父さんの名前で呼んでしまいそうになったこともしばしば。最初はお父さんを失ったショックから自分を表現しない生徒になってしまった。人当たりは良いが、決して心を開こうとしない彼をいつも気にかけていた。しばらくすると、少しずつ心を開き気持ちを聞かせてくれるようになった。彼のために、特に時間をかけて祈り続けた。自分が職場を去る1学期後半には好きな人のこと、母親とうまくいかない理由など何でも話してくれるようになっていた。そんな彼が誕生日メッセージをドラマ仕立て(一人二役)で完成させていた。泣けた。

仲が悪くて喧嘩ばかりしていた2人が一緒にメッセージを述べていたのには驚いたし感激した。

映像の中ではあるが、みんな動いている。毎日祈り続けている彼らが動いているのを見ることができ感激した。

会いたい

何度かチャレンジしたがやはり涙が出てしまい最後まで平常心で見ることができなかった。そして見れば見るほど彼らに会いたくてたまらなくなった。再臨の前に彼らともう一度この地上で会いたい。

久しぶりに、教員だった頃を思い出す貴重な経験をさせてもらった。

20200613礼拝 説教 東清志

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