卒業プログラム

思い出

今日、2021年1月22日夜から高等学校の3日間に渡る卒業プログラムが始まる。どこの学校も同じだと思うが卒業生との別れは寂しいものである。特に全寮制で教員も生徒も同じキャンパスで過ごした仲なので寂しさもひとしおである。何度経験しても卒業式は涙をこらえる事ができない。本日金曜日に行われるのは卒業プログラムの第一弾の「献身会」。卒業にあたりこれから聖書の神様に対してどのような献身をするのかをひとりひとりが表明する。合間合間に献身の讃美歌を卒業生が歌う。これが実に感動的な式で夜のプログラムとして行われる。土曜日は卒業礼拝。献身会で表明したひとりひとりの献身を受けて説教者がこれからどのような道を行くべきかをメッセージとして語る礼拝である。そして夜は「ハイライト」生徒会(在校生の生徒会役員中心に)が主催するプログラムでこれまでの3年間を振り返る写真や動画、また卒業生ひとりひとりの幼い頃の写真を紹介しどれだけ成長したかをみんなで観る機会でもある。在校生、卒業生ともに準備した歌や出し物を披露し合い最後は在校生の涙と拍手にとって送られ退場する感動的なプログラムである。そして最終の日曜日が卒業式。今回はコロナの感染予防で保護者は式典には出られず別室で生配信を見る形で行われる。長いがずっと涙が止まらない式典である。今まで何度も高校3年生を担当し送り出して来たがそれぞれに思い出があり懐かしい。ある年は大雪で式典に間に合わない保護者がいた年もあった。ある年は卒業式の直前に親御さんが亡くなられるというとんでもないことが起きてしまった。ひとつひとつに忘れられない思い出がある。

卒業記念品

ある年に担任した3年生も多くの思い出が残っている学年だ。この学年をスタートするとき、自分は学年主任と担任を兼ねていたがもうひとりの担任とは特に馬が合う仲でとてもやりやすかった。先生同士が仲良くしていると生徒も雰囲気が良くなるものでとても明るい学年だった。ただ途中でちょっとしたボタンのかけ違いから女子の間で大ゲンカが始まってしまった。大きくふたつのグループが対立し、それをなんとかしようと仲を取り持つ3つ目のグループ。何度も話し合いの機会を持ったし、機会あるごとに担任としての気持ちを率直にぶつけて「仲良くなれなくても、相手を理解しようとする気持ちは持って欲しい」と訴えた。卒業までさほど時間もなかったのでこちらもかなり焦っていた。加えて、学校としてはかなり痛手となる問題が夏に勃発してしまいふたりの担任で奔走し問題解決と火消しに最善の努力をした。保護者に事情説明をするため急遽東京まで行ったり台風の中渦中の生徒に会いに行ったりと今となっては良い思い出だが当時は翌日が見えない生活を続けていた。加えてセンター試験でもいくつかの内部的な問題があり毎日のように問題が起こるような状態だった。が、もうひとりの担任が必死に頑張っていたので自分も気合いで乗り切ることができたように思う。もしも違う人とコンビを組んでいたらもしかしたら途中で崩壊していたかもしれない。そんな思い出深い学年だが、彼らとは特に忘れられない思い出がある。この学年は生徒数が少なく50人の学年だった。各クラス25名ずつで学級運営をしていたが、人数が少なくて困るのは卒業記念品である。卒業積立金から卒業生が学校に寄贈したいものを贈るのだが、人数が少ないので卒業積立金も少ない。限られた予算でできるだけ印象に残るものを贈りたい、とは思ったが何を寄贈すれば良いのか悩んだ。生徒のアンケートからもいくつかのアイデアが出されたがいまひとつパッとしない。そもそも卒業記念品は、後輩や学校が使えるもの、そして数年後に学校を訪問した時に自分が確かにこの学校にいたことの証となるような残るものでなくてはならない。低予算で残るものでインパクトのあるもの…。なかなか思いつかなかったが、勢いで「ピザ窯」を提案してみた。実はこの学年は豪雨災害を経験した学年だった。キャンパス中がおよそ1週間停電したため、生徒は学校で生活できなくなり夏休みを数日繰り上げて帰省することになった学年である。もしもピザ窯があれば電気なしでもパンが焼けるので食料に困ることはない。もともと学校では独自にパンを焼き生徒の食事となっていたので粉などの材料はふんだんにある。卒業生たちもこの意見には賛成してくれた。自分は自宅(借家)にピザ窯を作った経験がある。また他のピザ窯を修理した経験もある。が、今回の計画ではかなり大型のもの、しかも窯だけでなく簡易的な小屋も作らなくてはならない。どうしようかと悩んだがもうひとりの担任とこの生徒たちがいればなんとかできるかな、と考え自作することを決めた。自分の物理を選択している生徒には窯や小屋の構造計算やモルタルの量を計算してもらった。素人作業でかなり苦労はしたがみんなで作ってとても楽しい経験となった。窯は二層式で下の燃焼室で薪を燃やし奥にある小さな空間から上の「焼き場」に熱風が通過する仕組みである。煙突を窯の手前に設置することで煙突効果により熱風が奥から手前まで全体に行き渡る構造にした。細かい点はかなりラフで参考にはならないが記録用として動画(タイムラプス)を編集したので機会があれば観てもらいたい。これほど卒業記念品に力をいれたのも初めてだったと思う。ちなみに女子の大ゲンカは動画にも出てくる彫刻をしている時にはすっかり解消され仲良くなっていた。

紹介する詩は作者がラインホルド・ニーバーと言われているが日本人に広く知らしめたのは渡辺和子さんだったように記憶している。何れにしても素晴らしい詩である。

神が置いてくださったところで咲きなさい。
しかたないと諦めてではなく咲くのです。
咲くということは、自分が幸せに生き、
他人も幸せにすることです。
咲くということは、
周囲の人々にあなたの笑顔が
「私は幸せなのだ」
ということを示して生きることなのです。
神が私をここに置いてくださった、
それは素晴らしいことであり、
ありがたいことだとあなたの全てが
語っていることなのです。
置かれたところで精一杯咲くと・・・・・
それがいつしか花を美しくするのです。

ピザ窯製作の動画はこちら

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