痛みを伴う

舐めた生徒?

自分は生徒に対して本気で怒ったことがあまりない。ないわけではないが少ないと思う。生徒を愛することが私たち教員の仕事だし最優先事項だと常に考えているから感情的にならない、勿論それもあるが生徒との力関係に起因するところが大きいと考える。生徒によって傷つけられ仕事ができないくなる教員も世の中には沢山いらっしゃる。それぐらい教育現場が荒んでいるのだと思うが本校にはそのような雰囲気がない。生徒にも好き嫌いはあるだろうが教員に対してあからさまに牙を剥くことはない。要するに本校では教員と生徒の間に歴然とした力関係が存在している。生徒は自分の意見を言うことはあってもそれ以上のことはないと言う安心感が、生徒に対して感情的にならない理由になっていると思う。元々教員の多くが本校出身者であり生徒と同じ経験を教員もしてきた。だから彼らの気持ちがわかるし何に不満を持ち何を求めているのかもだいたい見当が付く。自分はあまり叱らないので一見すると舐めた態度で接していると思える生徒も少なからずいる。考えられないかもしれないが私のファーストネイムを呼び捨てにする生徒も多い。直接呼び捨てにする生徒もいるし、自分の知らないところで言っている生徒は更に多いと思う。それを問題だと思ったことがない。彼らは決して自分を舐めているわけではないと思っているからだ。親しみを込めてそう呼んでいるだけで配慮はしてくれている。実際舐めた態度で接してくる生徒の多くが何かの問題を抱えた時には自分のところに相談に来る。しかし、社会的に見たらこの関係性はよくないことだと自覚している。呼び捨てにするだけでなく自分がやるべきことを担任である私に押し付ける甘えはなんとかしないといけない。ある年に高校3年生を担任したがその中の2名の生徒が、私に対して甘える傾向があった。実際彼女たちとは仲も良かったが、その分彼女たちが自立できないのは自分のせいだと言う自責の念も感じていた。自分がなんとかしないといけない、本気でそう思った。生徒を叱り慣れていない、しかも今まで非常に仲良くしていた生徒を叱ることは自分にとっても大きなチャレンジでありできれば避けたい指導である。卒業までさほど時間もないので焦る気持ちが募る。ふたりのうち特にひとりは重症である。彼女をなんとかしないといけない。チャンスを見計らっていたがちょうど良いタイミングがあった。それは彼女が推薦で大学受験をするのでその時に指導しようと考えた。事前に親御さんには指導の理由と方向性をきちんと説明し不利益を被らず最善を尽くすので協力して欲しいと理解を求めていた。親御さんも快く指導に協力するとのご理解をしてくださった。

推薦書

本校では推薦に対して、学校の「推薦委員会」で判断し推薦可能と認められた生徒が担任のところに推薦書を持って挨拶、お願いに行くと言うシステムになっている。彼女は推薦委員会で少し条件はついたものの推薦可能の判断をしてもらうことができた。いよいよ推薦書を持って私のところにお願いに来る段階になった。私は生徒が受験する大学の願書などの書類を一式自分用に用意している。自分も書類を書く際に見学の精神や目指す学生の姿などを読んでおかないと的外れな書類を書き上げてしまう可能性があるから事前準備をしておく。彼女の名はsakko。sakkoが私のところにきた。恥ずかしさ、照れもあったと思うが「○○(私のファーストネイム)、これ推薦書だから。よろしくね。」と書類だけ置いて行こうとした。「sakko待ちなさい。今の態度はなんだ。」ともう一度やり直しをさせた。いつもと雰囲気が違う私に少し戸惑いながらもいつもの関係性でお願いしたかったsakkoは「だから推薦書、よろしくね。受かるように書いてよ。」と満面の笑みで書類を渡してきた。「きちんとお願いできない生徒の推薦書を誰が書くか!」と言ってsakkoの目の前で推薦書をビリビリに破いた。sakkoはその場で呆然としたが次の瞬間「じゃあ、もういいよ」と言って泣きながら出て行って行った。その後自宅に電話して、私とどのようなやり取りがあったかを話したようだ。親御さんはsakkoが悪いのだからもう一度担任の先生にお詫びしなさいと促してくれた。しかし、彼女もなかなか強情な生徒で謝罪には来なかった。私は自分用に持っていた推薦書に推薦文を書き調査書とともに書類の準備を全て整えた。それを彼女ではなく、間違いを防ぐために親御さんに送った。結局出願はできたがその後、sakkoと私は完全に口もきかない関係になった。非常に辛かった。毎日心が痛み家に帰ってから泣いていた。「sakkoごめんな。でも自分がこうしないとsakkoは他の人の注意はきかないでしょ。だからやっているんだよ。許してな。」といないsakkoに向かって何度も謝罪した。私たちの関係はホームルームの生徒もすぐに気づいた。今まであれほど意気投合していたふたりが全く会話をしなくなりお互いにお互いがいないかのように生活していることが不自然でならなかったようだ。ある時別の生徒から「先生からsakkoに歩み寄ってあげてください。彼女頑固だから。」との助言もいただいた。その通りだ。でもsakkoのためにそれはできない。緊張感のあるホームルームでは他の生徒たちが気を使っていた。本当に申し訳なかった。そんな関係がずっと続いた。本当にずっと続いた。卒業式まで。

卒業式で

卒業式では証書授与の際、担任が学級の生徒をひとりずつ呼び壇上で校長より証書を受け取る。sakkoの番が来るとき、生徒たちは張り詰めた雰囲気になった。式典なのでそこはきちんとsakkoの名前読み上げた。証書授与の際壇上で名前を読み上げる私の耳元である女子生徒が「お願い、sakkoと仲直りして。今日で終わりになっちゃうから。」と囁いた。みんなに気を遣わせてしまった。本当に申し訳ない。式典はおよそ2時間続きその後卒業生は在校生や親御さんから祝福の握手を受ける。その後すぐに卒業生はそれぞれの家路につくのでこの握手の場面は涙と感動で持ちきりとなる。自分は卒業生のフォローをするため彼らのすぐそばにいて見守っていた。ひとりまたひとりと車で帰って行く。その度に号泣する友達や在校生。いよいよsakko が車に乗り込もうとする。彼女から30mぐらい離れたところにいた私はこれが最後と大きな声で「sakko!」と車に乗り込む彼女を呼んだ。周囲に一瞬静寂と緊張が走った。次の瞬間sakkoが車に乗り込むのをやめて勢いよく私のところに走ってきて「○○(私のファーストネイム)、私がどれだけ傷ついたかわかっているの?本当に悲しかったんだから。……ごめんね○○。」sakkoが鼻水を垂らしながら抱きついてきた。事情を知っている卒業生は一斉に大きな拍手をしてくれた。「ごめんな、sakko。でもこうする以外の方法が思いつかなかったんだよ。これが君にできる僕の愛情表現なんだ。これから社会に出たとき全ての人を受け入れ、馴れ合いではなくその人に対してリスペクトの気持ちを持って礼を尽くしなさい。これが最後の授業。」と言った。sakkoは相変わらず鼻水を垂らしながら「はい、先生ありがとう」と笑顔で応えてくれた。初めて彼女は私を先生と言った。愚かな教師と不器用な生徒が出会うとこういうことになる。もっとスマートに指導したいものであるが自分がやるとどうしても泥臭くなる。仕方ない。sakkoも今は素敵なママになって家族を立派に支えている。こういう出会いが自分を少しずつ教師にしてくれる。ありがたいことである。

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