広島原爆の日

平和記念式典

昨日、8月6日は「広島原爆の日」であった。77年前のこの日を思い記念式典が行われた。自分もインターネットのライブ配信を観ていた。懐かしい平和公園や原爆ドーム、見ているだけで色々な思い出が蘇り複雑な心境になった。松井市長や岸田総理、グテーレス国連事務総長、そして湯﨑知事の挨拶やメッセージが放映されていた。こども代表の言葉にも重みがあり感動した。

広島平和の歌

式典の中で「広島平和の歌」が伴奏とともに歌われたが、被爆から2年後に作られ今まで歌い継がれてきた。歌詞の内容から当時のご苦労と思いが伝わってくる。鐘に込められた思いが伝わってくる。

広島平和の歌

作詞:重園贇雄(しげぞの よしお)
作曲:山本 秀(やまもと みのる)

雲白く たなびくところ
空のはて 東に西に
おお高く こだまひびけと
鐘は鳴る 平和の鐘に
いまわれら 雄々しく起ちて
その栄え ここに興さん

波青く たゆとおところ
海のはて 南に北に
おお遠く 祈りとどけと
鐘は鳴る 平和の鐘に
いまわれら 試練を越えて
その行手 ここに仰がん

風清く かがやくところ
国のはて 世界の友に
おお熱く 想いかよえと
鐘は鳴る 平和の鐘に
いまわれら 手をさし伸べて
その睦み ここに歌わん

平和の琉歌

自分が「平和の琉歌」という曲に出会ったのは20年以上前だったと記憶している。当時、沖縄には年に3,4回ダイビングのために訪れていた。ダイビングの最終日は必ず「ネーネーズ」という沖縄民謡やオリジナルの歌を歌うユニットのライブに行っていた。ネーネーズが毎回必ず歌うのが「平和の琉歌」という曲だった。この歌の出所が分からなかった自分はてっきりネーネーズのオリジナルソングだと思っていた。しかし、サザンの桑田佳祐さんが作詞作曲してることを後になって知り大変驚いた。沖縄に20年以上足繁く通って、少しずつ沖縄の人の気持ちや沖縄戦の意味が分かりはじめた頃だったのでまさかこの曲を内地の人が作詞したとは思わなかった。「アメリカの傘の下」はもっと踏み込んだ見方をすれば「アメリカの持つ核という傘の下」という意味になる。この緊張感の上に本当の平和があるとは思えない。

平和の琉歌

作詞・作曲 桑田佳祐

1  この国が平和だとだれが決めたの 人の涙も渇かぬうちに
アメリカの傘の下夢も見ました民を見捨てた戦争の果てに
蒼いお月様が泣いております 忘れられないこともあります
愛を植えましょう この島へ 傷の癒えない人々へ 語り継がれていくために

2  この国が平和だと誰が決めたの 汚れ我が身の罪ほろぼしに
人として生きるのを何故にこばむの 隣り合わせの軍人さんよ
蒼いお月様が泣いております 未だ終わらぬ過去があります
愛を植えましょう この島へ 歌を忘れぬ人々へ いつか花咲くその日まで

戦争

広島といえば岸田総理の本家があるところ。広島や核に対する特別な思いを持っていることと思う。色々な事情や人に配慮するため、言いたいことが言えず出たい会議に参加できない面もあると思う。総理の挨拶を聴きながらご苦労があることを感じた。また一方で間違いなく世界は第三次世界大戦に向かって舵を切ったとも感じている。我が子が戦争の犠牲にならないことを心から願うものである。本当の平和。真の平和は戦争のその先にあることには共感するが、その戦争は同じ人間がつくる別の国との戦争ではなく「サタンとか悪魔」と言われる存在との戦争である。これに勝利しなければ真の平和は訪れない。サタンの敗北は既に決まっているが、最後の悪あがきで少しでも敗戦国に加盟する人をあの手この手で引き摺り込んでいる。サタンにつくのか、勝者となるキリストにつくのかどちらかを選ばないといけない状況になっている。全ての人が聖書を読んで何が真実であるかを吟味しイエスキリストを選ぶことを心から願う。大人数がいる方は滅びの方かもしれない。みんなが正しいと言ったことが偽物かもしれない。聖書を読み、真の平和を作り出す人になることが求められている。

今日の御言葉

「人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。」
ヨハネの黙示録 21:4 口語訳

ネーネーズ 月に謳う (平和の琉歌) Pray To The Moon TBNYD13

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