ホームスクール

子どもと家庭の変化

昨日職場の方と学校教育についてきかれ理想の教育環境について話し合う機会があった。教員をしていた頃、その時代背景と家庭や生徒の状態の変遷をみてきた。新卒の頃はまだバブルの末期で下降傾向に入る少し前だった。そのため学校も羽振りがよかった。羽振りがよいといっても無欲で勤勉な先生方ばかりの環境だったので無駄遣いをするわけでもなく、ただ入学希望の生徒をできるだけ受け入れたく寮と校舎を増築した。また、ボーナスも出ていた。公務員や一般の会社と比べたらとても少ないがそれでも満足できるほどいただいていた。また多くのご家庭が父親の稼ぎで暮らしていた。母親は家で家庭を守り、働くとしても内職やパートの範囲、という家庭が多かった。しばらくしてバブルがはじけると少しずつ学校にも陰りが見え始めた。母親が働きに出て日中は両親不在という家庭が増えた。この頃小学生だった子たちが数年後に中学や高校に進学してきた。彼らは概しておとなしかった。外で友達と遊ぶことよりも家で静かにゲームや漫画に興じることが多かった世代である。また週休二日になったことも影響していると思われる。時間があっても相手をしてくれる人がいなかった時代である。個に向く傾向がある世代である。
その後、時代の影響かどうかは分からないが女性がパートではなく自分のスキルを活かした職に就くようになり更に問題は深刻化していったように感じる。家庭内の不和。自分が関わった生徒のご家庭も複雑な問題を抱えるケースが増えてきた。父親に別の家庭があり、その父親から相談されたこともあった。荒んだ家庭環境を見るたびに「全寮制」の価値を改めて評価したのもこの頃だった。

不登校

社会の動きに連動するかのように不登校の児童生徒の数も変化している。平成10年のデータでは小学生が22500人であったのに対して現在は63500(令和2年)と3倍ちかく増えている。令和2年のデータでは中学生の不登校が133000人。高校生になると50000人ぐらいになるがこちらはここ10年間でほとんど増減がない。不登校の原因は小学生と高校生では異なり年齢が低いほど「いじめ」による不登校の割合が高く、高校生になると家庭の問題が多くなっている。学校に行きたくても行けない、学校とは教育方針が異なるなど理由は様々だと思う。

環境づくり

不登校の児童、生徒に対して行政も策を講じ民間も手を差し伸べている。こと学習に関して言えば学校に通わなくても12年間の指導要領を全て習得することはできるし卒業資格についても問題ない。が、学校で学ぶことは「国語、算数、理科、社会」などの教科目だけではない。友達や先生との人間関係、人と強調して仕上げることの達成感、成功体験や失敗体験、そして評価されること等々さまざまである。そこについては色々な策が講じられているがまだ全員に行き届くものではない。

ホームスクール

自分の友人でホームスクールで育った人がいる。また教育方針のことで子どもを学校に通わせずホームスクールで育てている友人もいる。以前はこのホームスクールに対してどちらかというと否定的な意見を持っていた自分であるが、最近はホームスクールも悪くないと思い始めている。というのは次男が学校に行けないことがあるため何とかそのフォローができないかと思いネットを通じて授業形式に動画を毎日作って配信するようになったことがきっかけである。まだはじめて日も浅いので、迷うことばかりであるが学習のフォローというより次男に「君は大丈夫な尊い人間なのだ」ということを伝えたくこの動画活動をはじめた。割り算に苦手意識を持っているというので、彼の好きなものを題材に教えようとするがまだまだ難しい。また次男がどれほど価値がある人間なのかを聖書の話やYouTubeで見つけた動画を取り入れて学ぶようにしている。そして最後に必ずお祈りをして終わる。飽きてしまうといけないので30分以内にまとめるようにしているがまだまだ勉強が足りないので悩むことばかりである。
いつか次男に信仰と勇気、そしてなにより愛情を伝えられる動画を作れるようになりたいものである。

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