帰郷

半年ぶり

悩んだけれど結局実家に帰省した。昨晩の地震のこともあり余震で万が一青森に戻れなかったら仕事に支障があるのでどうしようか悩んだ。日曜日の勤務は絶対に休むことができない。仲間のドライバーが自転車での通勤途中にスピードの出し過ぎでカーブを曲がり損ね田んぼに突っ込んでしまった。10日間入院した。そのため上司である70歳の女性ドライバーが2週間休みを取らないで運転し続けている。この女性ドライバーの休日が日曜日なのだ。だから万が一自分が帰り損ねて日曜日に出勤できなかったらこの上司は3週間連続で休みがなくなってしまう。だから何としても帰らないといけない。更に心配なのは、自分が実家に戻ったら精神的に青森に戻れなくなってしまうのではないかと言うこと。精神的にかなり不安定なことを自覚している。1日も早くこの職場を抜け出したいと思っているところに、帰省したら里心がついて社会復帰できなくなるんじゃないかと不安に思っている。しかし、それ以上に両親に会いたい気持ちで結局帰省した。

母は昨日退院して今日が87歳の誕生日である。痛みがかなり残っているようなので何とか励ましたく決心して直ぐに駅に向かった。

実家には15時前に着いた。両親には途中で連絡しておいたのでふたり揃って自宅にいた。母はやはり苦しそうだ。痛みがひかないらしく、時々悲鳴をあげるような場面もあった。認知症もかなり進んでいるので会話は前に進まないが、「青森から来てくれて本当にありがとう」と何度も言いながら泣いていた。

そして例によって私の境遇を不憫だと言って泣き出す。「何であんただけいつも不幸なのかね」と歯に衣着せぬ言い方で同情してくれる。「結構幸せだよ。神様がいつも一緒にいてくれることがはっきりわかるから」と、少し強がってみるも「あんたが不幸だとお母さんは死ぬに死ねないよ」と言ってまた泣く。

いつまでたっても、また認知症を患っても子どもことをずっと気にかけてくれる、本当にありがたいことである。

 

好物

夕飯の支度をして両親と食べた。が、母は痛みがあるため食が進まない。当然である。「お母さんの好きなものを作るから食べたいものを言って」と質問したところ「アイスが食べたい」とのこと。今はご飯じゃなくても、栄養がなくても口から摂取することが大事なのですぐにコンビニに行ってアイスと炭酸のジュースを買って来た。炭酸のジュースの中にアイスを少し入れてクリームソーダのようにして見た。母が好きなやつだ。

母は殊の外喜んで美味しい美味しいと言って全部食べた。「お母さん、昔自分が病弱でお医者さんに行ってばかりだったけど帰りに必ずアイスを買ってくれたね。それと、池袋のキンカ堂にあった喫茶店でクリームソーダやレモンスカッシュを飲ませてくれたね」と言うと昔話を思い出し途端に饒舌になった。あの頃はまだ池袋周辺にトローリーバスが走っていた。東口駅前のロータリーで架線から外れたバスが時々動けなくなっていたことなどを思い出して笑った。久しぶりに人と会話した気分だ。やはり実家はいい。ここでネットを使った仕事ができ収入があれば間違いなく、ここで両親の面倒を見ながら仕事するだろう。年老いた両親がふたりで生活することに、もう限界がきているのがはっきりわかる。

「わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、 白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。 わたしは造ったゆえ、必ず負い、 持ち運び、かつ救う。」
イザヤ書 46:4 口語訳

10月7日 第6回「ノアの洪水 その2 悲しき恐竜たち、その真実」 講師:山本哲也 『失われた世界とその回復の希望』

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