こいんだば

今日の出来事

これから透析の患者さんが3名増えることになった。送迎もかなり工夫しないとうまく回せなくなる。早ければ今週から1人ずつ増えることになるようだ。今日はの透析患者さんは6名。自分はこのうち3名を担当するが水曜日は6名全員を1人で対応するために、2人体制の今日も1人体制と同じ時間で動く必要がある。1人系列の施設から来られる患者さんがいる。この方は少し前まで自宅に迎えに行っていたが体調が悪くなりうちの医院にしばらく入院していた。その後一人暮らしは難しいということになり黒石にあるうちの施設に入居された。少し前まで歩けていたが長期の入院で殆ど歩けなくなってしまった。今日はこの方を送迎するのが仕事のひとつになっていた。少し危ないのだが腰が痛くて座っていることもできないので半分寝たような状態で乗車している。できるだけ衝撃がないように気をつけてゆっくり運転する。この方が透析中にお腹が空くということで途中のコンビニでパンを買ってきて欲しいと言ってきた。本来途中で寄り道をしてはいけない規則になっているが気の毒になってしまいコンビニでリクエスト通りアンパンとジャムパンを買ってきた。人工透析と一言で言ってもいくつか種類があるし、また所要時間も異なる。多くの患者さんは4時間の透析だが中には3時間で終わる方、週に2回の方など色々である。透析の前にまずするのが体重測定。前回よりも体重が増減していると少し調整が必要になる。またこれは意外と知られていないが透析中はトイレにもいけない。だから病室に入るとまず着替えをしてオムツをつけるのである。そして4時間を思い思いの方法で過ごす。眠る人、読書をする人、テレビを観る人、DVDを観る人等々。そして透析が終わると1人ずつ自宅まで送っていく。弘前に住む方を送る時に毎回みる交通標語がある。その道には小学生が書いた標語が立て看板になって交差点ごとに設置されている。全てが津軽弁を用いて書かれているので若干分かりづらいが殆どのものは何と無く意味が分かる。しかしどうしても分からない、というか全く分からない標語がある。ずっと気になっていたが今日はちょうどその交差点で信号待ちになったので写真を撮った。

「こいんだば  わんつかねでがら ひっぱりへ」

全く分からない。仕方がないので仕事が終わってから津軽弁の分かる職場の方に聞いた。すぐに分かった。が、この言葉は80歳以上の人じゃないと使わないという。ましてや小学生が使う言葉ではないらしい。家に帰ってネットで調べてみると全く同じ標語がネットに出ていた。この標語は津軽弁を必ず入れることを条件に小学生に考えさせた標語だという。小学生は津軽弁が分からない子も多いので家族が協力して考えるらしい。

意味は「疲れているなら少し寝てから運転しなさい」

とのこと。全く分からない。

標語

津軽弁で全く分からない標語もあるが、心に止めておきたい言葉というものがある。今日はいつもより更に強く祈る必要を感じていた。仕事中もずっと祈りながら過ごしていたがその途中で何度も自分が書き留めてきたエレン・ホワイトの言葉を読み返しながら祈りの励みにしていた。

人生の経験におけるあらゆる複雑な問題はその時明らかにされるで あろう。われわれの目には混乱と失望、目的の破壊や計画の妨害としか みえなかったことが、堂々たる圧倒的な勝利の目的、天との調和であっ たことがわかるであろう。
エレン・ホワイト 教育p357

私どもの祈りが聞かれないように見える時も、み約束にかたく頼らねばなりません。なぜならば、祈りが答えられる時が必ず来て、私どもが最も必要とする祝福を受けることができるからであります。
エレン・ホワイト キリストへの道 祈りの特権 p127

われわれは、もっと密室で祈らなければならない。キリストはぶどう の木で、われわれは、その枝である。そして、われわれが、成長して豊 かに実を結ぼうと思うならば、われわれは、生きたぶどうの木から絶え ず水分と栄養分を吸収しなければならない。われわれはぶどうの木から 離れてはなんの力もない。イスラエルの中に信仰と力がなぜもっとないのだろうかと、わたしは 天使にたずねた。「あなたがたは、主の手をあまりに早く放し過ぎる。あなたの願いを み座に訴え、強い信仰を持って訴えつづけなさい。約束は確実である。あなたがたが願い求めることは、受けると信じなさい。そうすれば、そ のとおりになる」と天使が言った。それからわたしは、エリヤのことを 示された。エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、熱心に祈った。 彼の信仰は試練に耐えた。彼は、主のみ前で7回祈った。そして、つい に、雲が現れた。われわれは確実な約束を疑い、われわれの不信仰のた めに、救い主のみこころを傷つけていたことを、わたしは悟った。「武具 を身につけなさい。その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それが、 悪しき者の放つ火の矢から、心臓、すなわち生命そのものを守るのであ る」と天使が言った。もし、敵が、失望した者の目をイエスからそらし て自分たちをながめさせ、彼らに、イエスの尊さ、イエスの愛、イエス の功績、イエスの大きな憐れみなどを考えるかわりに、自分たちの無価 値なことを考えさせることができるならば、彼は、彼らから信仰のたて を奪い去って、自分の目的を達成することができる。人々は、敵の火の ような攻撃にさらされる。であるから、弱い者は、イエスを仰いで、イ エスを信じなければならない。その時、彼らは信仰を働かせるのである。
エレン・ホワイト 初代文集 電子版p89.90

 

『饅頭のような聖書の22の話』第13回「あなたの祈りを聞いて動いてくださる神がおられる」10月15日 講師:河原 久

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