反 省

苦手なこと

自分は人を受け入れる力に欠けるところが多分にある。勉強にはかなり苦労したので勉強に対して苦手意識を持つ生徒の気持ちは良くわかる。またどのように指導すべきかを真剣に考えることもできる。椎茸が大嫌いなので食べの物に好き嫌いがあるのも理解できる。また、潜在的にというか無条件に女性は男性に優っているという考えを持っている。そのため女性というだけで自分よりも優れている人、と評価してしまう。男性はいくつになっても子どもから大人になれないが女性は結構早い段階で大人になる。大人が何を指すのかその定義は難しいが自分の感覚的な世界の話である。勿論女性にも個々に色々な欠点がある。自分のことばかり話し続けたり、人を受け入れるキャパが小さいという欠点。欠点はあるものの男性よりは大人だと思っている。苦手なこと、自分より優れている人を前にした時、自分は謙虚になりその人から何かを学びたいという気持ちになる。また苦手なこと、できないことがあれば自然と謙遜になるし同じようにできない人に対してどこまでも寛容になれる。

自分にできること

しかし自分にできることとなると急に人を受け入れられなくなる。「なぜこの人はこんな簡単なことができないのだろう」という気持ちになってしまうのだ。自分が物差しになりできて当然、できない人は努力が足りないと一方的に決めつけてしまう。そのような自分の歪んだ人間性がどれだけ人間関係を壊してきたか分からない。妻は私からコンピュータの操作を教えて欲しく無いという。理由は私の教える時の態度が横柄で威張っているからだそうだ。心当たりがある。私にはできない人を小馬鹿にする傾向があると思う。実はあることで今も心を痛めている。それは次男に自転車の乗り方を教えた時のことだ。長男は教えて15分ですぐに乗れるようになってしまった。色々な段階を踏んで教えていこうとしたのにすぐにできてしまったので拍子抜けしてしまった。逆に次男はなかなか乗れなかった。ストライダーに乗っている様子を見る限りバランス感覚は長男よりも良いと思っていたが、ペダルの操作がなかなか難しいようで教えるのに苦労した。時々厳しい口調になってしまうこともあり、次男からは「もうパパと練習したく無い」と言われたこともあった。しかし時間が経つにつれ徐々に乗れるようになり上手になっていった。自転車は上手に乗れるようになったがこの時の教え方について、次男に対して大変申し訳ないことをしたと思っている。あの時の自分を思い出すと心が痛む。本当に申し訳ないことをしてしまった。

自分にできないこと

年齢のせいもあり毎年少しずつできなくなることが増えてきた。メガネがないとものがよく見えないしメモをしておかないとすぐに忘れてしまう。調子に乗って長距離を走ったら半月板を損傷してしまい今でも注射を打ち続ける生活をしている。そのような中で一念発起し自動二輪の免許を取得すべく教習所に通うようになった。大体のことは教えられた通りにやってできるようになるのだがどうしてもできないことがある。それが一本橋というものである。高さ5cm、幅30cmの鉄板の上を15m直進するのである。7秒以上の時間を掛けて通過すれば良い。しかしこれができないのである。バランス感覚がないのか、とにかくこの鉄板から落ちるのである。自分ではまっすぐ正面を見ているつもりであるがどうしても落ちてしまう。いまの教習所は自分が自動車免許を取得した35年前とは全く違う。あの当時は教官がすごく怖く怒られながら指導された。萎縮するから余計に失敗する。失敗するとまた怒られるという連鎖があったが今の教習所は全く違う。自分のような出来の悪い生徒にも叱る教官はいない。教官の殆どが自分よりも年下、また私が大型の免許を取得していることも影響しているのかもしれないがとにかく優しく忍耐強く教えてくださる。しかしそれに応えることができないのである。この一本橋がどうしてもできないため1段階の見極めが不合格となってしまった。次男に厳しく自転車を教えた報いだとも思った。これをなんとかしないといけない。今後コロナで教習所が閉校になってしまう可能性もあるのでなんとか早くこの課題をクリアしないといけない。

できないことが教えてくれること

気持ちばかりが焦るが、しかし悪いことだけではない。できないことが人を謙虚にしてくれることも学んでいる。できないから謙遜に学ぼうとするし、いつも以上に時間を掛けて祈ることができる。できないことは悪いことではないと考えられるようになった。そういえば元々優しかった両親だが、最近は自分に対して敬語で話していることに気づく。敬語ばかりを使っているわけではないが多くなっていることは確かだ。更に謙遜になっているということなのか。もっと考えを深めると、人間は神様から見たら愚かでできないことだらけの存在であるはず。ならばもっと神様に対して謙虚であるべきだと思う。思い上がった考えしか持てない自分にとってできないことをはっきりと示される経験が自分を謙遜にしてくれるものであって欲しいと願う。

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