十三湖

エリヤ

祝福された安息日が終わってしまった。土曜の夕方が非常に寂しい時間となる。安息日が終わってしまうことの不安、もっと神様のことだけを考えていたいという気持ちが心を落ち込ませる。今日は教会での聖書研究で「エリヤ」のことをずっと考えていた。まだまだ何も勉強していないので勝手な思い込みだけだと思うが、エリヤがモーセを師と仰ぎ意識していたのではないかと瞑想していた。バアルとアシェラの預言者との戦いに勝利した直後に王妃イゼベルからの「殺害予告」を受けて意気消沈してしまう。そしてその時「主よ、もはや十分です」と祈り、加えて「わたしは先祖にまさるものではありません」と神様に訴えている(列王記上19:4)。この先祖というのはもしかしたらモーセのことを言っているのではないか、と考える。そういえばモーセがアマレクと戦うときに、手をあげるとイスラエルが優勢になり手を下ろすと劣勢になった。アロンとホルがその手を支えてイスラエルが勝利をおさめるわけだが、エリヤがバアルの預言者、アシェラの預言者と対決した光景に似ている。その後しばらく休んで神の山ホレブに40日かけて行くわけだが、モーセが神様と直接交わり十戒を受けたシナイの出来事に似ている。シナイ山とエリヤが行ったホレブが同一の場所だと思っていたが最近の研究でそうでは無いとの見解を聞いた。詳しいことは分からないがこの場所の特定は別としてもとても状況が似ている気がした。更にイエス様のお姿が変わる変貌の山で、イエス様の脇にモーセとエリヤが共にいる場面が描写されている。この場面についてある書物には次のように書かれていた。

天父はモーセとエリヤをキリストへの使者となるよう選び、天の光で彼に栄光を与え、迫り来る苦難についてお語りになった。彼らは人間として地上に住み、人の悲しみと苦難を経験したことがあり、地上生活におけるイエスの試練に同情することができたからであった。エリヤはイスラエルの預言者としての立場において、キリストの代理を務めており、彼の働きは、ある程度、救い主の働きに類似していた。そしてモーセは、イスラエルの指導者として、キリストの立場に立って、キリストと親しく語らい、彼の指示に従っていた。ゆえにこの二人は、神のみ座の周りに集まった全軍の内でも、神のみ子に遣わされる使者として最も適していた。(2SP  329)

モーセとエリヤは同世代の人では無いがこの二人の働きを神様が祝福され各時代のイスラエルを導いた。ふたつの力、ふたつの性質が融合することで大きな力を発揮することの分かりやすい例だと思う。

十三湖

ふたつの性質が混じり合う、ということで思い出すのが汽水湖である。淡水と少量の海水が混ざった湖のことであるが自分が住む青森にも汽水湖が存在する。岩木川をはじめ13の河川が流れ入る湖ということで「十三湖(じゅうさんこ)」という説がある湖である。湖の名前については他にもアイヌ語の「湖の傍ら」を意味する「トー・サム」に由来する、また日本海と十三湖との間にある砂洲に13の集落があったなどの説もあるが詳細は不明。以前の紹介したのは十二湖。こちらは崩山から見ると12の湖が見えることからこの名前がついた湖群だが、実際には33の湖からなる。これに対して十三湖はひとつの湖である。周囲が30kmほどの湖である。最大深度は3mtp非常に浅い。他の汽水湖同様しじみがよくとれる。オオハクチョウやコハクチョウの渡来地にもなっており「十三湖のハクチョウ」として青森県の天然記念物に指定されている。青森にいつまでいるのか、もしかしたら終の住処になるかもしれないしすぐにいなくなるかも知れない。何れにしてもここにいるうちに青森の色々な場所を訪れてみたいものである。

十三湖

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