マルチン・ルター
読み物はマルチン・ルターの登場へと進んだ。1483年11月10日、ドイツはアイスレーベンに生を受けたマルチン・ルター。宗教開会の星とも言われる彼の足跡を辿ってみたい。
ルターは、福音の最初の使者たちと同様に、貧しい階級の出であった。 彼は幼年時代を、ドイツの農民の質素な家庭で過ごした。彼の父は鉱夫 で、毎日の労苦によって彼の学費をかせいでいた。父親は彼を弁護士に しようと思った。しかし神は、彼を、幾世紀にもわたって徐々にではあ ったが、建設されつつあった大神殿の建設者にしようとされた。困難、 窮乏、厳しい訓練は、無限の知恵の神が、ルターにその生涯の重要な任 務に対する備えをさせられたところの学校であった。
ルターの父は、強固で活発な精神と、品性の偉大な力の持ち主であっ て、正直と決断と率直さを持った人であった。彼は、結果がどうなろう と、義務を忠実に果たす人であった。彼の確かな判断力は、修道院制度 に対する不信感をいだかせた。ルターが彼の許可を得ないで修道院に入 った時、彼は非常に腹を立てた。父と子の和解には、2年かかったが、 その時でも彼の意見は変わらなかった。
各時代の大争闘電子版p107 マルチンルターの登場
大学時代
18才の時、彼はエルフルト大学に入った。この頃には彼の境遇は、 年少の頃よりは順調で、将来に明るい希望が持てた。彼の両親は、節約 と勤勉によって、相当の資産を得ていたので、必要な援助を全部支給す ることができた。そして、彼は、賢明な友人たちの感化を受けて、前に 受けた教育の陰うつな感化を、いくぶんか少なくすることができた。彼 は、第一流の著者たちの研究に専念し、彼らの最も重要な思想を努めて 心に蓄え、賢明な人々の思想を自分のものにした。彼は、かつての教師 たちの苛酷な訓練下にあってさえ、早くから頭角を現わしたが、ここで はよい環境に恵まれて、彼の知力は急速に発達した。
各時代の大争闘電子版p108 マルチンルターの登場
ある日、ルターは、大学の図書館で本を調べていた時に、ラテン語の 聖書を発見した。彼は、こうした本を見たことがなかった。そうしたも のの存在さえ知らなかったのである。彼は、福音書や使徒書簡の一部が、公の礼拝の時に朗読されるのを聞き、それが聖書の全部であると思っていた。ところが彼は、今初めて、神の言葉の全体を見たのである。畏敬と 驚きをもって、彼はその神聖なページをくった。彼は、胸をどきどきさ せながら、生命の言葉を自分で読み、時々息をついては「神がこのよう な本をわたしに下さったなら!」と叫ぶのであった。2天使が彼のそば にいて、神のみ座からの光が、真理の宝を彼に理解させた。彼は、神の 怒りを招くことを常に恐れていたが、今、これまでになく、自分の罪人 としての状態を痛感した。
各時代の大争闘電子版p109 マルチンルターの登場
雷と修道院
元々法律家を目指していたマルチン・ルターは1501年にロースクールへ入学。1505年、通学していたある日、落雷に遭い死を覚悟する経験をした。その時に、修道会に入るので命を助けて欲しいと祈ったことがきっかけとなり両親に無断で聖アウグスチノ修道会に入会。父親は烈火のごとく怒りそのわだかまりが解けるまでに2年を要したという。
修道士として清貧を心がけ天国への道を自ら開く努力をして挫折を経験する。
「わたしは、実に敬虔な修道 僧であった。わたしは、言葉では表現できないほど厳格に、わたしの修 道会の規則に従った。もし修道僧が、修道僧としての働きによって天国 に行くことができるならば、わたしは間違いなくその資格があったであ ろう。・・・・もしあれ以上続いたならばわたしは苦行の果てに死んでしま ったことであろう」と彼は後に言っている。3こうした厳しい苦行の結 果、彼は衰弱し、失神の発作を起こした。そして、後になっても、それ から完全に回復することはできなかった。しかし、これらすべての努力 にもかかわらず、彼は心の悩みから救われなかった。彼は、ついに、絶 望のふちに追いやられた。
各時代の大争闘電子版p110. マルチンルターの登場
大学教授
ルターは司祭に任じられ、修道院から召されて、ウィッテンベルク大 学の教授になった。ここで、彼は、原語による聖書の研究に没頭した。 彼は聖書の講義を始めた。そして、詩篇、福音書、使徒書簡などは、喜 んで聞く多くの聴衆の心を啓発した。彼の友人であり先輩であったシュ タウピッツは、彼に、説教壇に上って神のみ言葉を説くように勧めた。 ルターは、自分はキリストにかわって人々に語る価値がないと感じてた めらった。彼は、長い間の苦悩の後、初めて、友人たちの勧めに応じた。 すでに彼は聖書に精通しており、神の恵みが彼に宿っていた。彼の雄弁 は聴衆を魅了し、彼の明快で力強い真理の提示は、彼らの知性を納得さ せ、彼の熱情は彼らの心を感動させた。
各時代の大争闘電子版p111 マルチンルターの登場
ルターは、ローマからの帰国後、ウィッテンベルク大学から神学博士 の学位を授けられた。今、彼は、これまでなかったほどに、自由に彼の 愛する聖書の研究をすることができた。彼は全生涯を通じて、法王たち の言葉や教義ではなく、神のみ言葉を注意深く学んで、忠実に説教する、 という厳粛な誓いを立てていた。彼はもはや、単なる修道士や教授では なくて、正式の聖書解釈者であった。彼は、真理に飢えかわいていた神 の群れを養う牧者として召されたのであった。キリスト者は、聖書の権 威に基づいた教理以外は受け入れてはならないと、彼は断言した。この 言葉は、法王至上権の、まさにその根底を危うくするものであった。こ の言葉には、宗教改革の極めて重大な原則が含まれていたのである。
各時代の大争闘電子版p112 マルチンルターの登場
法王に疑問
ドイツにおいて免罪符の販売を委ねられたのは、テッツェルという人 であった。彼は、社会と神の律法に対して、最も卑劣な犯罪を犯した人 物であった。しかし彼は、その犯罪の刑罰を免除されて、法王の金銭ず くで無節操な企てを促進するために雇われたのである。彼は、非常なず うずうしさで、根も葉もないことを口にし、無知でだまされやすい迷信 的な人々を欺くために、不思議な物語を聞かせた。もしも人々が神の言 葉を持っていたならば、このように欺かれなかったことであろう。聖書 が人々の手に与えられていなかったのは、彼らを法王権の支配下におい て、その野心的な指導者たちの権力と富を増大するためであった。
各時代の大争闘電子版p114 マルチンルターの登場
彼は、自分が難行や苦行によって救いを得ようとしたが得られなかった 苦い経験を語り、自分を見ないでキリストを信じることによって平和と 喜びを得たことを、聴衆にはっきり述べたのである。
テッツェルが売買と不敬虔な主張を続けたので、ルターはこのはなはだしい悪弊に対して、もっと効果的な抗議をする決心をした。まもなく、その機会がやって来た。ウィッテンベルクの城教会には多くの遺物があって、祝祭日には一般に公開され、その時に教会に出席して告白をする者はみな、罪が完全に許されるのであった。そのようなわけで、そういう祝祭日には、人々がたくさん集まってきた。祝祭日のうちで最も重要なものの1つで、万聖節というのが近づいていた。その前日、ルターは、すでに教会へと進んで行く群衆に加わって、免罪符の教義に反対する95か条の提題を書いた紙を 扉 にはった。彼は、この提題に反対するす べての人に対して、翌日大学において喜んで答弁することを宣言した。
各時代の大争闘電子版p115 マルチンルターの登場
聖書のみ、信仰のみ
ルターの攻撃によって、ローマはますます激怒した。そして、彼の熱 狂的な敵たちのあるもの、また、カトリック大学の博士たちでさえ、こ の反逆的修道士を殺しても罪にならないと宣言した。ある日、1人の見 知らぬ人が、ピストルを外套の下に隠して、ルターに近づき、なぜこの ように1人で歩いているのかを聞いた。ルターは答えて、「わたしは、神 の手の中にある。神はわたしの力、わたしの盾である。人間はわたしに 何をすることができようか」と言った。24この言葉を聞いて、見知らぬ 人は真っ青になり、天使の前から逃げるように、去っていった。
各時代の大争闘電子版p126 マルチンルターの登場
キリスト教の改革についてドイツの皇帝と貴族とに訴えた中で、ルタ ーは、法王のことを次のように書いた。「キリストの代理であると自分で 主張する人間が、どんな皇帝も及ばないような豪華さを誇示するのを見 るのは、恐るべきことである。この者は、貧しいイエス、または謙そん なペテロに、似ているであろうか。人々は、彼が世界の主であると言っ ている。しかし、彼が、代理者であると誇っているキリストは、『わたし の国はこの世のものではない』と言われた。代理者の国は、彼の主の国 より広くてよいであろうか。」
各時代の大争闘電子版p127 マルチンルターの登場
ルターは、彼のまわりに吹き荒れる暴風雨に気づかな いわけではなかった。しかし彼は堅く立って、キリストが彼の支持者で あり盾であることを信じた。殉教者の信仰と勇気をもって、彼は次のよ うに書いた。「何が今起ころうとしているか、わたしは知らない。また知 ろうとも思わない。・・・・どこに打撃が加えられようとも、わたしは恐れ ない。木の葉1枚でも、神のみ心でなければ落ちないのだ。まして神は、 われわれをどんなにみ心にとめておられることであろう。肉体をとって 来られたみ言葉イエスご自身がなくなられたのであるから、み言葉のた めに死ぬことは何でもない。もしわれわれが彼と共に死ぬならば、彼と 共に生きるのである。そして、彼がわれわれに先だって通られたものを われわれも通り、われわれは彼がおられるところへ行き、彼と共に永遠 に住むのである。」
各時代の大争闘電子版p128 マルチンルターの登場
反対
それぞれの時代において、その時代に特に適切な現代の真理を伝える ために神に用いられる者は、すべて、反対に会わなければならない。ル ターの時代には、現代の真理、すなわち、その時代において特別重要な 真理があった。今日の教会のためにも現代の真理がある。みこころのま まに万事を行われる神は、人々をさまざまの事情のもとにおいて、その 時代、また、彼らがおかれた状態に応じた特殊な任務をお命じになる。 もし彼らが、与えられた光を尊重するならば、真理に対するいっそう明 らかな理解が与えられる。しかし、真理は、法王教徒たちがルターに反 対したように、今日も多数の者の歓迎を受けないのである。昔と同様に、 神の言葉の代わりに人間の理論や伝説を受け入れるという同じ傾向があ る。この時代の真理を伝える者は、初期の改革者たちより歓迎されると 期待してはならない。真理と誤謬、キリストとサタンとの間の大争闘は、 この世界の歴史の終わりまで、激しさを増すのである。
各時代の大争闘電子版p130 マルチンルターの登場
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