間違い

兄弟愛を続けなさい

自分の所属する教会では1年を3ヶ月ずつ4期に分け、1期ごとに違ったテキスト、違ったテーマで聖書の学びをする。1月から始まった2022年度第1期はヘブル人への手紙を学んできた。いよいよ、明日の午後から2期のテキストに入る。今期最後のテーマは「兄弟愛を続けなさい」だった。教会内での分裂や好き嫌いなどの現状が明確に指摘される文章がテキストに載っておりドキッとさせられた。兄弟愛を瞬間的に持つことはできるかもしれない。しかしそれを持ち続けることはかなり難しいことを体感している。自分の中に人を愛する真の愛が無いことに今更ながら気づかされ落ち込んでいる。

ダニエル

聖書通読は今日からダニエル書に入った。ダニエル書は12章あるが、毎日10章ずつ読むので最後までは行かず10章で終わりにした。期待していたし、今日は仕事が休みだったので非常に長い時間を使って聖書を読み、また要点をまとめることができた。ダニエル書といえばヨハネの黙示録と並んで「預言」が多く含まれているためその解き明かし、解釈に心が奪われてしまう。実際、自分も所属する教会は「預言の研究」から始まったような団体である。教理的には聖書に忠実に解釈していると思っておるが、他教派の解釈とかなり違うのもこの「ダニエル書」や「黙示録」である。1章ではダニエルや他の3人の青年たちがバビロンに連れてこられた頃の説明、そして2章では巨大な像の預言が記されている。ネブカデネザル王がみた夢を示しそれを解き明かすことで、ネブカデネザル王自身もダニエルたちの信じる神様を「神々の神」との認識を持つようになった。3章はネブカデネザルが建立した高さ27メートルほどの巨像を拝まなかったという理由でシャデラク、メシャク、アベデネゴの3人を燃える火の炉に投げ込んだ。しかし、神様の大いなる助けを目の当たりにしたネブカデネザルは彼らの信じる神様こそ本物であり、彼らを揶揄することは絶対に赦されない、と明言した。4章では前回の夢と同様の内容である大きな木の夢の解き明かしについて記されている。5章はネブカデネザルの孫であるベルシャザルが酒宴を開いている時に突如現れた指によって描かれた文字について記されている。ベルシャザルはこの日、即ちBC539年10月13日にバビロンとともにその生涯を終えた。ダニエル書は決して時系列に従って描かれているわけでは無いので、ぼーっとしていると混乱してしまう。6章は非常に有名なダニエルが獅子の穴に落とされる処刑の場面。ダニエルに対して一定の評価をしていたダリヨスは、ダニエルを陥れようとする人の策略にはまってしまい右腕とも言えるダニエルを獅子の穴に投げ入れ処刑しなくてはならなかった。しかしここでも神様の守りがありダニエルは奇跡的に助けられる。7章はまたまた同じ内容の預言である4頭の獣に関する幻。そしていよいよ8章が2300の夕と朝の預言、そして9章が70週の預言になる。どうしても、この部分が気になってしまいはやる気持ちを抑えながら聖書を読み進めた。

なにかがおかしい

繰り返しになるが、今日はとにかくゆっくりと聖書を読む時間があった。ゆっくりというより同じ箇所を何度も繰り返して読むことができた。そして、あることに気づいた。ダニエル書9章である。9章といえば前述の通り「70週の預言」が記されている。エルサレム再建命令から70週。エゼキエル書などから1日を1年と換算するのが正攻法だとするならアルタシャスタ王が再建命令を出してから490年間の預言が記されていることになる。そちらのことがとても気になり読んでいた。が、何度も読んでいるところであるが改めて気づかされたことがある。それは、70週の預言の前にダニエルが自分のことは勿論イスラエルの民についても執り成しの祈りを必死にささげている、ということである。預言が大きくクローズアップされる読み方をする自分に問題があるのだが、ダニエル書はダニエルの祈りに終始する書であることに気づかされた。第一のものを第一にすることで命を脅かされる経験をするがその全てに神様がご介入され助けられる。大事なことは、全ての局面においてダニエルの真剣な祈りがあるということだ。ダニエル書から終末預言だけを学んでいた自分が恥ずかしくなった。祈りである。とにかく祈ること、ダニエル書はこのことを教えてくれている。

1メデアびとアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤびとの王となったその元年、 2すなわちその治世の第一年に、われダニエルは主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉により、エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。

3それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた。 4すなわちわたしは、わが神、主に祈り、ざんげして言った、「ああ、大いなる恐るべき神、主、おのれを愛し、おのれの戒めを守る者のために契約を保ち、いつくしみを施される者よ、 5われわれは罪を犯し、悪をおこない、よこしまなふるまいをなし、そむいて、あなたの戒めと、おきてを離れました。 6われわれはまた、あなたのしもべなる預言者たちが、あなたの名をもって、われわれの王たち、君たち、先祖たち、および国のすべての民に告げた言葉に聞き従いませんでした。 7主よ、正義はあなたのものですが、恥はわれわれに加えられて、今日のような有様です。すなわちユダの人々、エルサレムの住民および全イスラエルの者は、近き者も、遠き者もみな、あなたが追いやられたすべての国々で恥をこうむりました。これは彼らがあなたにそむいて犯した罪によるのです。 8主よ、恥はわれわれのもの、われわれの王たち、君たちおよび先祖たちのものです。これはわれわれがあなたにむかって罪を犯したからです。 9あわれみと、ゆるしはわれわれの神、主のものです。これはわれわれが彼にそむいたからです。 10またわれわれの神、主のみ声に聞き従わず、主がそのしもべ預言者たちによって、われわれの前に賜わった律法を行わなかったからです。 11まことにイスラエルの人々は皆あなたの律法を犯し、離れ去って、あなたのみ声に聞き従わなかったので、神のしもべモーセの律法にしるされたのろいと誓いが、われわれの上に注ぎかかりました。これはわれわれが神にむかって罪を犯したからです。 12すなわち神は大いなる災をわれわれの上にくだして、さきにわれわれと、われわれを治めたつかさたちにむかって告げられた言葉を実行されたのです。あのエルサレムに臨んだような事は、全天下にいまだかつてなかった事です。 13モーセの律法にしるされたように、この災はすべてわれわれに臨みましたが、なおわれわれの神、主の恵みを請い求めることをせず、その不義を離れて、あなたの真理を悟ることをもしませんでした。 14それゆえ、主はこれを心に留めて、災をわれわれに下されたのです。われわれの神、主は、何事をされるにも、正しくあらせられます。ところが、われわれはそのみ声に聞き従わなかったのです。 15われわれの神、主よ、あなたは強きみ手をもって、あなたの民をエジプトの地から導き出して、今日のように、み名をあげられました。われわれは罪を犯し、よこしまなふるまいをしました。 16主よ、どうぞあなたが、これまで正しいみわざをなされたように、あなたの町エルサレム、あなたの聖なる山から、あなたの怒りと憤りとを取り去ってください。これはわれわれの罪と、われわれの先祖の不義のために、エルサレムと、あなたの民が、われわれの周囲の者の物笑いとなったからです。 17それゆえ、われわれの神よ、しもべの祈と願いを聞いてください。主よ、あなたご自身のために、あの荒れたあなたの聖所に、あなたのみ顔を輝かせてください。 18わが神よ、耳を傾けて聞いてください。目を開いて、われわれの荒れたさまを見、み名をもってとなえられる町をごらんください。われわれがあなたの前に祈をささげるのは、われわれの義によるのではなく、ただあなたの大いなるあわれみによるのです。 19主よ、聞いてください。主よ、ゆるしてください。主よ、み心に留めて、おこなってください。わが神よ、あなたご自身のために、これを延ばさないでください。あなたの町と、あなたの民は、み名をもってとなえられているからです」。
ダニエル9:1-19

聖書研究ガイド22年1期13課

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