岩木山

今さらだけど

先日、仕事が休みだったのでいつものように自然界に出かけようとしたが少し遅くなってしまったこととコロナの影響が心配だったので近場で人が少ないところに行くことにした。毎日毎日みる「岩木山」。何度も行っているが、何故かまた行ってしまった。「嶽きみ(だけきみ)」というトウモロコシが旬でスカイラインに向かう道の至るところで販売していた。毎日見る山ではあるが一度も登ったことがない。近いうちに登って見たい。できればスカイラインを使わずに下から徒歩で。ということで岩木山についてネットのあった情報を書き出して見た。

岩木山について

岩木山(いわきさん)は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する火山である。標高は1,625 mで、青森県の最高峰である。日本百名山および新日本百名山に選定されている。その山容から津軽富士とも呼ばれるほか、しばしば「お」をつけて「お岩木(山)」あるいは「お岩木様」とも呼ばれる。(wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/岩木山より引用)

概要

岩木山は円錐形の成層火山で、山頂は三つの峰にわかれており、弘前側からみた右が巌鬼山(岩鬼山)、左が鳥海山とされるが、これらは火山活動により生じた外輪山の一部である。三峰の中心にある岩木山は、鐘状型の中央火口丘であり、山頂に一等三角点が設置されている。もともと山頂にあった直径800mの破壊された火口に溶岩ドームが生じて、現在の三峰のもとになり、それらの溶岩ドームは1万年より新しい。岩木山の西麓や南麓にも3個の側火山があり、他にも山腹に多数の爆裂火口がみられる。また、 山頂から北東にある赤倉沢の馬蹄形火口は大規模な山体崩壊を示しており、北東山麓の岩屑なだれ堆積物には、かつての崩壊の影響による、多数の流れ山地形がみられる。なお、岩木山の地質は安山岩(SiO2 56 – 64%)からなる。

比較的新しい火山のため、高山帯と広葉樹林帯の間に針葉樹林帯が見られず、ダケカンバがそのまま矮小化していく特異な光景が見られる。特産種であるミチノクコザクラ(ハクサンコザクラに近縁種で花がより大型である)と、本州では数少ないエゾノツガザクラなどの高山植物が自生している。

津軽富士とも呼ばれている郷土富士で、太宰治はその山容を「十二単を拡げたようで、透き通るくらいに嬋娟たる美女」と喩えている。富士山と同様に、古くから山岳信仰の対象とされ、山頂には岩木山神社の奥宮が置かれた。江戸時代には弘前藩の鎮守の山とされ、歴代の藩主が岩木山神社に寄進を行ったため、その社殿は荘厳なものとなり、「奥の日光」とも呼ばれた。

山域は1975年(昭和50年3月31日)に、津軽国定公園に指定され、南麓に広がる2,587 haの高原は青森県の岩木高原県立自然公園に指定されている。(wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/岩木山より引用)

お山参詣

岩木山神社で毎年旧暦8月1日に行われる例大祭「お山参詣」(ヤマカゲともいう)は津軽地方最大の農作祈願祭で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。多くの人々が五穀豊穣や家内安全を祈願して、深夜に山頂を集団登拝し御来光を拝む。参詣時に唱える言葉は、修験系のものである。お山参詣がいつから始まったかについては、鎌倉時代の初期からという説もあるが、はっきりしない。現在のような形式となったのは江戸時代中期(1719年)のころとされる。当時は、8月1日に山に入れたのは藩主のみであった。現在のように一般の人々による参詣が主となったのは、明治に入ってからであるとされる。

お山参詣は向山(むかいやま)、宵山(よいやま)、朔日山(ついたちやま)の全3日の行程で行われる。初日の「向山」では、多くの人々が岩木山神社の参道を上って参詣を行う。2日目の「宵山」では、参拝者たちが白装束に身を包み、登山囃子にあわせて「サイギ、サイギ」と叫びながら、黄金色の御幣や多彩な幟を掲げて岩木山神社を目指す。3日目の「朔日山」は旧暦8月1日にあたり、参拝者たちは未明からいっせいに登り始め、山頂付近で御来光を拝む。岩木山神社に登拝の報告をし、バダラ踊りを踊りながら帰宅する。バダラ踊りは、登拝を終えた喜びと、岩木山の神霊の力により、登拝者たちに神通力が宿ったことを表しているとされる。(wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/岩木山より引用)

岩木山
宜しければこちらのクリックもお願いいたします
↓↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA