生きて働かれる神様

神様の働き

親しくしている牧師先生が頻繁にメッセージをくださる。西日本を管轄している教区長の「心のマナ」という文章を転送してくださるのだが、毎回このメッセージに大きく心を揺さぶられ励まされる。今日の「心のマナ」は次のような文だった。(以下引用)

『また、神の力強い活動によって働く力が、
私たち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、
あなたがたが知るに至るように、
と祈っている。』
エペソ
1:19

最近、読んでいる本に、佐藤優氏「見抜く力」があります。現代社会を生き抜くのに必要なものの一つが「見抜く力」だと言うのです。特に、情報過多のこの時代にあって、雑音や偽りを見分けて真実で確かな情報だけを得ていく力は必須だと言います。

信仰の世界においても同じことが言えます。偽りの力であるサタンは巧妙に働いています。人間の目を曇らせて、見るべきものを見させないようにしているのです。

パウロの祈りの言葉を心にとめて自らの祈りにしたいものです。彼は、神様が心の目を明らかにして下さって、神様を認めることができるように、神様にあって抱いている望みがいかに大きいかが分かるように、そして、神様の働きがいかに力強いものであるかが分かるように(エペソ1:17-19)、と祈っています。

コロナ禍が続いています。教会の活動はなかば休止状態です。でも、神様は働き続けています。それも力強く働き続けて下さっています。

私たちの日常においてもしかりです。問題や悩みを抱えて思い悩むことがあります。どうしようと心沈む時があります。その時、自分の無力さを感じます。しかし、神様は働かれます。信じる者の祈りに応えて働かれます。全能の力で働かれます。神様に不可能はありません。

今日、生きて働かれる神様を見抜く信仰の眼が与えられますように。そして、神様にあって確かな望みに生きることができるように祈りたいと思います。

(以上引用)

 

現実を直視することは大切であるが、現実の世界で生きていると見えているものが全てだと勘違いしてしまうことがある。目に見えない世界。勿論小さすぎて見せない世界もあるが神様が働かれる霊的な世界を信仰の目で見ることは非常に大切なことである。見えている世界で巧妙に働くサタンが私たちを盲目にしている。見えることが、かえって盲目になるという不思議な現象が神様の世界にはあるようだ。実際に聖書はこう言っている。

わたしたちは、見えるものにではなく、
見えないものに目を注ぐ。
見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくのである。

While we look not at the things
which are seen,
but at the things which are not seen:
for the things which are seen are temporal;
but the things which are not seen are eternal.

コリント第2 4:18

見えない神様の働き

目には見えないけれど神様は確実に存在し今も働いておられる。罪に落ち込み助けを必要としている人のために、問題を抱えて生きることすら困難になっている人のために懸命に働いておられる。

ひとりのご婦人が壮絶な人生を歩みながらも神様に捕らえられ、人生が全く変えられた証(あかし)をネットで見つけた。家族の不和、突然母親に捨てられた経験、自殺をはかり熱湯を全身にかぶった経験、子育てで悩む日々などが語られている。苦境、逆境の中にあっても必死に自分の居場所、家族の居場所を作ろうと奔走する話には心打たれる。30分程度の話であるがあっという間に感じられると思うので是非視聴していただきたい。

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