観光立県沖縄

国際通り

那覇空港から車で10分ぐらいのところに沖縄県庁、そして那覇市役所がある。向かいには沖縄では大手の百貨店、りゅうぼうがある。沖縄の台風中継でよく映されるのがこの役所前の交差点。ここからおよそ1.6kmに渡って「国際通り」が続く。終戦後いち早く復興を遂げたことから「奇跡の1マイル」とも言われた。

確かな記憶ではないが自分が最初に沖縄を訪れた1985年当時、国際通りはもう少し道幅が狭く県庁から牧志方面の一方通行だったように記憶している。昔は映画館もあり上野のアメ横を思わせる賑わいだった。

勿論、今も行くたびに修学旅行の生徒さんたちやその他の観光客を多く見かける。店舗はおよそ600。その中には昔からのお店も数点ある。飲食店や宝飾店など35年以上経っても変わらない懐かしいお店もあり、はじめて沖縄を訪問したあの日を思い出させてくれる。

外国人スタッフも多い。公設市場には中古中国人が経営するお店も数店ある。また販売員も中国、台湾をはじめ色々な国の方がいる。国際通りの話ではないが、ダイビングでいつもお世話になるショップにも行くたびに台湾のインストラクターが増えている。これも沖縄全体の変遷なのか。

コロナ

沖縄に移住しておよそ6週間。かなりの頻度で国際通り付近に出かけている。恐らく週に4回ぐらいだろうか。その殆どがモノレールと徒歩なので、国際通りの小さな変化にも気づくことが多い。その中でも「観光立県沖縄」にとって深刻と思われることがある。それが空き店舗問題。少し前まで国際通りに空き家など考えられなかった。家賃もそれなりに高いが国際通りに店を構えれば相応の見返りが期待できる。だから店舗が移転してもそこが数ヶ月空き家になることは絶対になかった。ところがコロナの影響だろうか。今の国際通りには空き家が目立つ。ある有名なミュージシャンが経営するライブハウスがあるビルも一棟丸ごと空き家になっている。このまま放置されれば富豪中国人が買い占めるかも知れない。

観光立県沖縄

沖縄の地場産業はあまり多くない。津堅島の人参は有名だが沖縄の一次産業はおよそ1.3%程度。サトウキビも有名だが沖縄全体の産業から見れば微々たるものである。建設業も多いが製造業と併せても15%に満たない。殆どが観光業、またそれに付随する産業である。だから観光客が迎えられなかったコロナ禍に多くの店舗、会社が倒産した。

偏見に満ちた表現で正確さに欠ける事を承知した上で敢えて言うなら、沖縄を訪れる観光客のマナーは決して良くない。中国人はかなり強引だが日本人のマナーも決して良くない。最近はお土産店で買うよりもサンエーやイオン、カネヒデで買う方が安い事を知った観光客がレジで値切っている。昔インドネシアに行った時に見た光景に似ている。そんなマナーの悪い観光客にも媚びないと生活が成り立たない沖縄がなんとも悲しく見える。まだ戦争が終わっていない事を感じる。

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