再び

仕事を終えて

1週間前に母の容態が思わしくなく帰郷したが、その後あまり改善が見られない。昨晩は痛みのため眠れなかったという。父も一緒になって励ましながら看病するもなすすべなく朝を迎えてしまったという。このままどうなるのか。痛みがあるのは本当に辛い。考えてだけでも辛くなる。母は涙を流しながら痛みに耐えていると思うといても立ってもいられず、結局反対されたが仕事を終えてから直ぐに電車に飛び乗った。現在、東北新幹線の中。はやぶさ44号にて関東に向かう。

今週末は姉が面倒を見ることができるので、来なくて良いと再三言われたが家にいてもただ心配して過ごすだけだから実家に戻った方が状況を把握できる。先週帰省した時にできなかった庭の木を剪定しないといけないし、疲れ切っている父親のことも気になる。

問題

ここで先ほどから一つ問題が起こっている。

地元の駅で「乗り換え案内」で電車の発着時刻を調べている途中で急に電波が途切れてしまった。電話回線からネットに繋いでいたので圏外かと思いしばらく場所を変えて試したが一向に繋がらない。新青森についても同じ状況である。電車内で何度も電源を切ったり思いつくリセットをいくつか行ったがダメ。SIMカードを抜き差ししてみようと思うがSIMピンがないので今はできない。

新幹線に乗ってやっと車内のWiFiに繋がり投稿ができる状態になった。このまま実家で状況が変わらなかったら明日docomoに相談するしかない。

いつも繋がっているのが当たり前のiPhone。繋がっていることを特別に感謝したことなど一度もない。不具合があっても再起動すればいつもなおっていたので機能して当たり前の存在になっていた携帯。ところが一旦繋がらなくなると、これほど不安なことはない。電話ができない。LINEやメールを受信することができない。

神様

早く格安の会社に変えれば良いのだがなかなか決心できず未だにdocomoを利用している。端末代も含めて毎月13000円ぐらいの支払いになっている。家にWiFiを入れていないので、ギガホというプラン、そしてかけ放題にしている。毎月高いお金を支払って、自分の生活の中心に居座っているiPhone神様。

何か自分の生活が狂っている気がしてきた。神様との繋がりを大切にしているが、1時間ぐらい祈ることを忘れてしまうことはある。しかしiPhoneが1時間繋がらなかったら一大事である。神様よりも携帯と繋がることの方が自分の生活において優先順位が高いということなのか。やはりおかしい。かと言って直ぐに携帯を自分の生活から抹消することもできない。第一のものを第一にしていない自分の姿が、携帯の不具合で浮き彫りになった。

「だれも悪をもって悪に報いないように心がけ、お互に、またみんなに対して、いつも善を追い求めなさい。 いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」
テサロニケ人への第一の手紙 5:15-18 口語訳

キリストの香り 2 「絶えず祈りなさい」

 

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