次から次

熱海市の土石流

先週の水曜日に教会の祈祷会でお祈りをしたばかりだった。あの時は沖縄の那覇や南城市で50年に一度という記録的な雨が降り被害が出た。家族が那覇に住んでいることもあり心配で心配で仕方なかった。夜の祈祷会で祈る課題を挙げるよう言われたので、沖縄の線状降水帯に関する被害が最小限に抑えられることとこれから夏に向けて自然災害が発生するのでとにかく命を落とす人がいないように、特にイエス様を知らないで命を落とすことがないように祈りましょう、と訴えた。その祈りを嘲笑うかのように静岡県熱海地方で大きな土砂災害が発生した。映像に映し出されている地域は一部でもっと多くの場所で甚大な被害が出ていると思う。本当に悲しいことである。行方不明者は当初20名ぐらいと発表されていたが実数は分からない。おそらくもっと多いのではないだろうか。普段はニュースの話など全くしない津軽の人たちだが送迎の車で迎えに行きクルマに乗り込むなり「熱海はひどいね」「熱海は可哀想だ」と堰を切ったように話し出す患者さんたち。東京オリンピックの話題などひとつもしたことのない人たちが、遠くの災害の事に心を痛めている。もうこれ以上やめてほしい、と思うのだがこれからしばらくは大雨の可能性が色々なところであるという。八街の小学生が殺された事件について心を痛めている最中、その傷が言えることもない中で次から次へと不幸な話題は続く。ひとつの悲しみを受け止めそれを乗り越える時間など与えられない。とにかく次から次へと進んで行ってしまう。幸せや平安とは全く違う方向に進んで行くのである。

今日の御言葉

主は恵みふかく、
そのいつくしみはかぎりなく、
そのまことはよろず代に及ぶからである。

For the LORD is good;
his mercy is everlasting;
and his truth endureth to all generations.

詩篇100:5

神様が恵み深い方であるならばどうしてこういうことが起こるのだろう、と疑問を持ってしまう。地球はいまどこに向かっているのだろう。勿論週末時代に入り混沌とした状態になることは聖書で予め預言されている。しかし、その被害に遭われた方は心傷つき今すぐにでも死んで楽になりたいと思うほどの深い傷を負っているはずである。そのようなどん底にいる方々に神様の愛と希望が届くのだろうか。甚だ疑問である。お子さんを亡くされた方、土砂災害でいえや家族をなくされた方。絶望の淵にあって、何がこの方々を慰めるのだろうか。「それは神様の愛」と言いたいところだが自分にもよく分からない。分からないのでただただ祈ることしかできない。終末に向かって更にこういう悲惨なことが増えてくる。増えてくるだけでなく自分がその当事者になる日が来るのである。そういう状況に追い込まれても、なお「主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。」と言えるのだろうか。そう言える信仰を持ちたいものである。

逃げる人や車が映像に・・・熱海市で大規模土石流(2021年7月3日)

キリスト教

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