うーくい

お盆

全国各地に様々なお盆の習慣、風習がある。多くの地域で8月の中旬をお盆としているように思う。クリスチャン家庭に育ってはいるが、お盆期間中に釣りに行こうとして父に注意された事がある。厳しい注意ではなく「お盆だけど釣りに行くのか?」と言われた程度だが今でもその時のことをよく覚えている。お盆には殺生をしないということなのか、或いは水難事故を心配してのことなのかは分からない。そう言えば沖縄の終戦記念日である623日、慰霊の日には殆どのうちなんちゅは海で泳がない。

お盆の話だが、沖縄では旧暦でお盆を過ごす。今年は828日から今日30日までである。次男も今日は学校が休みになり朝から遊び歩いている。今日はお盆の最終日、「うーくい」である。

3日間

以前、沖縄の中学校で働いていた時に8月後半から勉強合宿をはじめた。普段なら特別講習を喜ぶ生徒たちが何故か不満気だった。あとで知ったことだがうーくいの日はお正月以上にお金をもらえるらしい。沖縄の子どもたちがお正月よりお盆を楽しみにしていることをこの時はじめて知った。

お盆の初日は「うんけー(お迎え)」である。御先祖様をお迎えする。特別なお料理が振る舞われが線香の火が消えるまで家族は食事をしない。線香の火が消えるのは御先祖様が食事を終えた合図だからだ。

2日目は中日(なかび)、「なかぬひー」である。自宅にいる御先祖様とゆっくり過ごす。

そして3日目にお送り、「うーくい」となる。これで御先祖様を送る。青森にいた時には迎えか送りの日に玄関先で火を燃やしていたのを思い出す。

沖縄のお盆期間中には「道(みち)じゅねー」と言ってエイサーで先祖を供養する。この2日間、近くで道じゅねーがいくつか行われていた。

スーパーにはサトウキビの茎がたくさん並ぶ。グーサンウージという。御先祖様が杖にするものである。またうーくいの今日、ウチカビと言うあの世で使えるお金を燃やす。御先祖様が持っていけるようにするためらしい。その他にもがんしなーと言う昔頭に物を載せる際に使う輪っかの鍋敷きみたいなものや、およそ内地で見ることのない「ヒラウコー」と言う黒くて6本がまとまったお線香など、至る所で買えるようになっている。

本当はこの3日間にも色々な過ごし方、出される料理の順番などがあるがこの辺にしておく。

再会

キリスト教の中にも死や死者に対する考え方に違いがある。亡くなってすぐに天に行くと考える教派もある。聖書は明確に、亡くなった方は眠った状態でありイエス様のが再びこの地上に来られる時(ご再臨)まで霊だけがウロウロしたり、勝手に天国に行ったりする事は無いと教えている。

自分は聖書をそのまま信じているので霊魂不滅説を否定する。しかし、亡くなった方に会いたいと言う気持ちは人一倍強いと思う。何といっても母に会いたい。自分がクリスチャンでなく聖書の真理に出会っていなければ間違いなくお盆を大切にする人間になっていたと思う。会いたくて仕方ないからだ。真理を知らなければユタ買いして母と話すことを強く望んだと思う。

しかしそれは偽物、もっと言えばサタンの働きだからそちらにはなびかない。その分イエス様の御再臨を心から待ち望む。亡くなった方にも会いたいが、亡くなってから墓に葬られ3日目に生き返ったイエス様に会いたい。その日が近いことを心から感謝したい。天にて再会すれば、もう「うーくい(お送り)」は不要になる。この地上で真の「うんけー」の日を待ち望みたい。

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