田舎館

地元探訪

青森県民となって1年が経過した。いくつかの興味あるところには出かけたがまだまだ青森のことが分かっていない。そもそも津軽にいるためか三八上北、下北方面は殆ど行ったことがない。青森にいつまでいるかは神様しか分からないことであるがここにいるうちに少しは青森のことを理解できるようになりたい。それにしても毎日家と職場とイオンの3箇所だけを行ったり来たりしているだけなので地元のことすら良く分かっていない。近くに「前田屋敷」なるところがあるが恐らく昔の偉い方のお屋敷なのだと思う。「諏訪堂」というところにも大きなお屋敷がある。が、誰のお屋敷なのかは分からない。近所のことも何も分からないので先日少しだけ近くを散策した。

まずは「田舎館駅」。自分は「田舎館村(いなかだてむら)」在住なのだが、最初この住所を聞いた時に「住所に田舎ってつくところってどんなところだろう」と興味が湧いた。20年ほど前にさだまさしさんがラジオの深夜放送でリスナーの住んでいるところがどれだけ田舎なのかを競わせるコーナを設けていた。因みに田舎館村の役場があるところは「南津軽郡田舎館村畑中」という。さださんもどれだけ田舎なのか気になり当地を訪れコンサートを行ってくださったと言う。

実際に住んでみると、数年前まで住んでいた広島の山奥よりもはるかに都会である。そもそも田舎館村役場の庁舎が立派である。田舎館城を再現する作りで遠くからも目立つ建物である。また、弘前の中心地までは車で15分。家から5分も走らないうちに弘前市に入ってしまう。コンビニも多く弘前に行けば夜中までやっているお店もある。

その田舎館を走る鉄道が弘南鉄道である。以前は川部駅から黒石、そして弘前へと延びていたが現在は前田屋敷駅と川部駅がなくなってしまった。川部駅は現在五能線と奥羽本線の駅として機能している。数年前には三浦春馬さんも撮影で来られ駅前の旅館が休憩所になったそうだ。

弘南鉄道田舎館駅駅舎を入るとGOMAさんという平川市のアーティストが描かれたユニークな絵が出迎えてくれる。簡素な無人駅であるがライカQ2で撮影するのにはぴったりの雰囲気を醸している。因みに田舎館村は「田んぼアート」で有名な場所でもある。コロナの影響で自分はまだ見たことはないが2つの会場で数種類の稲を正確に植え付けることで出来上がる作品は全国から人を集めるほどの人気だという。今年は開催してほしい。

禅林街

田舎館村から国道102号線で走ること5分。弘前市に入る。どこにでもあるイオンは有名だがこちらにきてはじめて知ったチェーン店もある。うちの医院とも関係の深い「スーパーさとちょう」。同様にスーパーのチェーン店は多い。ユニバース、ITOKU、CUBセンター、メガドラッグ等々。そんなお店をみているうちにドン・キホーテが見えてくれば弘前第一の中心街。そして更に進むと第二の中心街。駅を中心としたヨーカドーやhiroroなどが並び人出も多くなる。

青森に来て間もなくの頃、ある患者さんを弘前中央病院にお送りするように言われた。カーナビがついてない車だったのでスマホのナビの力を借りることで無事に送り届けることができた。帰りになんとなく覚えているだろうと思ってナビをセットしないで走り始めると記憶にない場所に進んでしまった。気づけば左右がお寺ばかりの不思議な空間に迷い込んでしまった。結局、何とか抜けることができたがしばらくはあの時見たお寺の集合体は夢だったのか幻だったのか現実だったのかがよく分からなくなってしまった。が、そのうちにその場所が実在し「禅林街」と言うことを知った。田舎館駅の次は「禅林街」に決めた。

そもそも禅林街は弘前市西茂森にある史跡。弘前藩(通称津軽藩)2代目藩主の津軽信枚(のぶひら)が弘前城築城の際、種里から移築したことから始まった。この地の主な宗派となっていた曹洞宗の長勝寺を移築するのに伴い同じく曹洞宗のお寺32寺を長勝寺の参道に向かいあわせる形で配置した。長勝寺を含めて33寺あることから「禅林33ケ寺」の通称もある。そのお寺は次の通り。

藤先寺、月峰院、天津院、常源寺、恵林寺、永泉寺、盛雲院、正伝寺、川龍院、正光寺、安盛寺、宗徳寺、泉光院、京徳寺、海蔵寺、鳳松院、宝積院、照源寺、寿昌院、清安寺、勝岳院、長徳寺、嶺松院、蘭庭院、高徳院、宝泉院、陽光院、福寿院、万蔵寺、隣松寺、梅林寺、長勝寺、普門院

どこかの説明で弘前城と長勝寺が元々の計画では位置が逆だったという説を読んだ気がしたがあてにならない記憶である。

それぞれの土地と人には歴史がある。それを知ることはとても大切なことであるように思う。イスラエルの歴史を知ることも。

禅林街

 

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主は与えてくださる

物理のまとめ

毎晩夜中まで物理の解説書を書いている。決して本を出そうとしているわけではない。長男が「物理が分からない」と言うので簡単な解説書を作り始めたのだがとにかく集中してしまう。授業であれば簡単に説明できてしまうことも、文字だけで説明するとなるとかなり気を使う。図を入れないと説明できない。しかもエディターで分数を含む数式を入力するのは自分の持っている環境ではかなり面倒である。だからところどころ手書きにしている。読みにくい字で申し訳ないがそれしか思いつかなかった。文字だけで説明すると表現や言い回しを統一しないと読む人は混乱してしまう。解答もできるだけ丁寧に解説しないと分かりにくくて嫌になってしまうだろう。そんなことを考えていると一つの単元を解説するのに2日ぐらいかかってしまう。ところどころ受験のテクニックや計算しないで解を求める方法なども少しだけ説明していると、教員に戻った気分になる。それにしても本当に物理は楽しい。中間試験を目前に控えて困っている高校生に物理で何かのお手伝いができたらいいな、と本気で思う。そして一人でも多くの人に物理の楽しさを理解してもらいたい。

息子の解説書にも所々「これは計算しなくても出せるよ。神様が終端速度が初速度と同じになるようにこの地球を創ってくださったから」などと説明している。息子にも物理などの自然科学を通して更に神様を深く知ってほしい。

神様に会いたい

現代の人間には「聖書」を通して神様は語ってくださる。旧約時代、即ち聖書がまだ無かった時代に比べて何と恵まれていることだろう。しかし、直接神様から語りかけられていた時代を羨ましく思うことも多々ある。特に最近その気持ちが強くなっている。どのような形でも良いので直接語っていただけないか、を毎日お願いしているのだがなかなかそれが叶わない。ところが、今日その祈りが少しだけ聞かれた。これが神様からの語りかけかどうかは分からないが神様が一緒にいてくださった気がした。昨晩も前述の解説書で遅くなり1時に眠った。ところが3時過ぎに起きてしまった。夢の中でイエス様の存在を感じながら歌っていた。イエス様の姿も見えないのだが歌だけをずっと教えてくれていた。軽快なリズムで同じ節、同じ歌詞を繰り返していた。3時過ぎに起きた時には曲をはっきり記憶していた。その時すぐに枕元のスマホに向かって歌い録音しておけばよかったと後悔している。それからしばらくしてすっかり思い出せなくなってしまったのだ。ただ、歌詞は覚えている。「主は与えてくださる。全てを与えてくださる」という文章をなんども繰り返していた。その歌を教えてもらいながら自分がどんどん明るくなって喜びに満たされていった。夢の中ではあったが本当に楽しい時間だった。3時過ぎに起きたがその余韻が懐かしくすぐに聖書を読んだ。そして「もう一度今の夢の続きをみさせてください」と祈って眠ろうとしたが結局眠れなかった。そして東北の早い日の出を迎えてしまった。結局今日の睡眠2時間。眠いけど充実している。もう一度同じようなことが起きないかな。

あなたを迎えに来る神

 

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MISAWA

久しぶりの休日

先日、久しぶりに安息日以外の休みがもらえた。母の様子が思わしくなく、母を支える父も疲れ切っているので実家の様子を見に行きたいところだが今回は1日だけの休みなので来週帰省することにした。天気もあまり良くなかったので家にいても良かったのだが少し気分を変えたく外出した。午後からの外出なのであまり遠くにはいけない。雨も降りそうなので屋根があるところを考えていた。しばらく悩んだ末、以前から気になっていた三沢に行こうと思った。青森に来て奥入瀬までは行ったがそれより先の太平洋側に行ったことがなかった。特に異国情緒あふれる三沢には行きたいと思いながら行けずじまいになっていた。少し時間は掛かるが走行距離20万キロを超えたオンボロプリウスを走らせ三沢に向かった。太平洋側に県民は津軽人のようになまっていないと聞いたことがある。久しぶりに標準語が聞けるのか?途中から雨が降ってきたが県立航空科学館に着く頃には小雨になっていた。電車も好きだが飛行機も大好きな自分にとって天国のような場所だった。多くの飛行機を見学し青森が飛行機と切っても切り離せない場所であることを初めて知った。そういえば昔、小学生の頃だっただろうかミス・ビードル号の話を本で読んだ記憶がある。航空機を満喫した後、基地の町三沢に少しだけ立ち寄った。スカイプラザMISAWAは沖縄市の雰囲気がありとてもワクワクした。できれば一日中居たい土地である。

YS11

航空科学館では久しぶりにYS11を見ることができた。所沢の航空記念公園に行った時に全日空の機体だったと記憶しているがYS11が展示されているのを見た。高校の教員をしている時に、ある生徒の家庭訪問を頻繁にしている時期があった。彼の家は鹿児島。当時はまだ「九州新幹線」なる便利なものはなかった。陸路で行くにはかなり時間がかかる。なので現在の広島西飛行場から飛行機で鹿児島に飛んでいた。36人ぐらい乗れるSAABの機体だった。鹿児島空港に到着すると決まってとなりにYS11が駐機していた。引退の話があったのでいつかは乗りたいと思いながら結局実機に乗ることなくYSは引退してしまった。この時の後悔からボーイング747引退の情報を聞きつけてからは出張のたびに必ず747に乗るようにしていた。YS11は本当に素晴らしい飛行機だと思うし日本の技術の全てが凝縮されている気がする。こんな名機がなくなってしまうのはとても残念だが、航空科学館ではYS11の隣の部屋にHONDAのジェット機「ホンダジェット」が展示されていた。乗れる人数こそ少ないが非常に美しい機体である。その美しさを超える機能性が世界から高く評価されている。

世代の交代はやむを得ないことなのだろう。色々なことを考えさせられたMISAWAトリップであった。

三沢

 

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語りかける神

アブラハム

教会では現在共通のテキストを用いて「創世記」を学んでいる。6月末まで創世記を学ぶが今はその折り返し点付近を学んでいる。先週からアブラハムの生涯を通して多くの教訓を学んでいるが、個人的にはアブラハムの生涯の根底に「召命」→「自己放棄」→「服従」というプロセスが流れているように感じている。この「召命」の部分が「契約」であったり「約束」だったりするわけだがアブラハムは神様から語られたことに対して自分の考えや計画の一切を放棄して服従していく。そこに神様からの更なる信頼ありアドバンスコースへと導かれていく。

各自が聖書研究で学んだことを分かち合うことがあるが、今日ある方が「アブラハムのように直接神様からの召命を受けたことがないので、何が神様の期待していることなのかが分からない」と仰った。全く同感である。

聖書はとても長い時間をたった数行で表現することがあるので、あたかもアブラハムが何度も神様から声を掛けていただいている印象がある。が、決してそうではない。神様からの言葉が与えられてから10年以上音沙汰がない、のは普通のことであった。逆に神様からの直接的な語りかけや奇跡を通して日々神様を身近に感じられたのがイスラエル人がエジプトを脱出して荒野を40年間旅していた時期である。そして現在はそれらの記録が「聖書」という形で読めるようになっており、神様の語りかけを知ることができる。ここで問題になるのが前述の方のように聖書のどの言葉が自分に対する召なのかがわかりにくいと言う点である。アブラハムのように直接語りかけられればはっきり分かる。しかし聖書のことばを直接「自分の人生に適応して良いのか」と悩む。

あかし

今日の礼拝で、牧師先生に促されある方が「証(あかし)」された。イエス様に直接導かれた経験や祝福された出来事を話して聴衆と分かち合うことを「証」という。この方は、毎日の生活が神様に頼ることもなく聖書を読むこともなく乾ききっていることを自覚していた。何とかこれを変えたいと願っていたところ、ご主人が「リバイバルのために祈っていたが、神様がまず君の信仰生活を潤いあるものに変えられるよう祈りなさい、と言われた。今日から一緒に祈ろう」と言って来られたとのこと。自分の心の状態など分かるはずもないと思っていたが神様はちゃんと分かっていて最も適切な助けを与えてくださった、と仰っていた。ある時、日常の忙しさに疲れを覚えている彼女に対して小学生の息子さんが「嵐で漕ぎ悩んでいる船にイエス様が湖上を歩いて助けに来てくださった」話をしてくれた。そしてその日の聖書通読の箇所がまさにその場所(マタイのよる福音書14章)だった。そしてその後、入院しているご主人が電話をかけてきて、またこのマタイ14章の話をし始めた。「神様が君にこの話をするように言っている気がしたので」とのことだった。そしてこのご主人との電話の後「あなたはいったい誰を頼りにしているのか」と言われた気がしたという。

偶然、とも考えられる。しかし、神様は求める人、必要な人に色々な方法を通して語っておられることを証を通して教えていただいた。やはり生きている神様は今も個人的に語りかけてくださっていると思う。

どんなに乱暴な、見込みのない人でも、責むべき点もなければ、害を 与えることもない者となり、神の子たることをはっきりあらわすような 品性の持ち主になることができるという保証を示すことによって、イエ スは彼らのうちに望みを起そうとされた。イエスは、サタンの支配下に おし流されて、そのわなを破る力のない人たちをしばしばごらんになっ た。落胆したり、病気だったり、試みられたり、堕落したりなどしてい るこれらの人々に、イエスは最も憐れみ深いことばー 彼らが必要とし、 理解のできることばをお語りになるのだった。イエスはまた魂の敵とは げしい戦いをたたかっている者にも出会われた。これらの人々をイエス は耐え忍ぶように励まし、神の天使たちが彼らの側についていて勝利を 与えてくれるから、勝てるのだと保証された。このようにイエスから助 けられた人々は、ここに自分たちが絶対の信頼をもってよりたのむこと のできるお方がいられることを確信した。彼らが同情をもって聞いてく ださるイエスの耳に入れた秘密をイエスはほかへもらそうとされなかった。
各時代の希望電子版 p72. 戦いの日々

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イエス様を想う

十字架の予表

そこでイエスは、剣が彼女の魂をさ し通した時に彼女がそれに耐えられるように強くするため、彼女にご自 分の使命を理解させたいと望まれた。イエスが母から離れ、彼女が悲し みながら3日間イエスをさがしたように、イエスが世の罪のためにささ げられる時、彼女はもう1度3日間イエスを失うのである。そしてイエ スが墓から出てこられる時、彼女の悲しみはふたたび喜びに変るのであ る。だがイエスがいま彼女の思いを向けさせようとしておられた聖句を 彼女が理解していたら、彼女は、イエスの死についての苦しみにどんな にか強く耐えることができたであろう。
各時代の希望電子版 p61 過越のおまいり

イエス様を瞑想すること

われわれは、キリストの一生について毎日瞑想する時間を持つがよい。 イエスの一生の要点を1つ1つとらえ、各場面ことに最後の場面を想像 のうちにとらえるべきである。このようにして、われわれのために払わ れたイエスの大犠牲を心に思いめぐらす時、キリストに対するわれわれ の信頼はもっと堅固になり、われわれの愛は目覚めさせられ、われわれ はもっと深くキリストの精神を吹きこまれる。もし最後に救われたけれ ば、われわれは十字架のもとで悔い改め、心がくだかれることについて 教訓を学ばねばならない。
各時代の希望電子版 p62. 過越のおまいり

聖書研究ガイド2227

 

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架け橋

ディメンション

ついこの前高校に入学したばかりの長男が間も無く中間試験週を迎える。高校受験の蓄えで最初こそゆとりがあったようだが中間試験を前にかなり勉強が難しくなっているとのこと。物理と数学に苦手意識を持っており少し心配だと言う。余計なことはしないようにしているが、本人からの依頼で少し物理と数学を教えることになった。zoomで解説しようと思っているが、空き時間にも勉強できるようにと参考となる解説書を書いている。物理の教師なら必ず強調しているであろうポイントがある。その部分が何故大事なのか、それがどのような意味を持っているのかをできるだけ数式を使わないで読める解説書を目指している。例えば「等速直線運動」。何故「直線」という言葉が含まれるのかを説明するために「速度」と「速さ」の違いを知る必要がある。中学生の頃は何となく概念的なことを教えられるけど正式に学ぶのは高校生になって初めてとなる「ベクトル」。小学生から中学3年生までに扱ってきた量のほぼ全部が「スカラー量」でありそれに相当するのが「速さ」、そしてベクトル量で表現するのが「速度」であることを丁寧に理解しておく必要がある。だから等速直線運動の「等速」は「等しい速さ」を意味しており、その運動が方向も変化しないので「直線運動」になる。同じことを表現する言葉に「等速度運動」がある。この場合は文字通り「速度」即ち方向も等しいので「直線」という言葉をつけない。どうでも良さそうなことであるが、この理解が曖昧だと「等速円運動」など直線的でない運動を扱う際に混乱してしまう。

物理の世界に「すごいな!」と思うことが沢山ある。組立単位という考え方もそのひとつである。色々な量を扱うときに「単位」を用いるが物理では極力新しい単位を使わずに既存の単位を組み立てて用いる。例えば速度、或いは速さの単位。移動した距離を時間で割れば速度、速さが算出できる。[距離]÷[時間]という式から求められるから単位も[m]÷[s]となり速度、速さの単位を[m/s]とする。なので公式を忘れてしまっても単位を見れば公式を導き出せる。

少し意味合いが違うが、車のカタログを見ていると性能を「エンジンの出力」で表現することがある。単位を「馬力」とすることもあるが「W(ワット)」とすることもある。電気の分野でよく用いられる単位である「W」が何故車の出力に用いられるのか?と思ってしまうが、ワットはもともと「仕事率」に用いられる単位である。若干正確ではないが「1秒あたりの仕事」を仕事率という。この「仕事」が「エネルギー」と同じディメンションに存在する。

ディメンションのリンク

「力」と「エネルギー」はディメンションが違うので足したり引いたりすることはできない。一方前述の通り「仕事」と「エネルギー」はディメンションが同じなので単位さえ揃えば足したり引いたりできる。ディメンションが違うと全く別物になってしまう。例えば円の面積と円周は違う。なので円周と面積を足したり引いたりできない。が円周から面積、逆に面積から円周を求めることはできる。ここで登場するのが「微分」と「積分」である。この微分と積分を発見した人は人類にどれだけ大きな貢献をしたかわからない。発想自体は古代からあったようだがこの分野で大きく貢献した一人が敬虔なクリスチャンとしても有名で聖書の預言を計算で解釈したアイザック・ニュートンである。半径rの円について円周は2πrとなるが面積はrについて積分したπr^2となる。
異なるディメンションが架け橋によってリンクされることはとても感動的である。

キリスト教の世界にもそのような考えがある。罪の世界と天上の清い世界。異なるふたつの世界をイエスキリストという方が架け橋となって両者の関係性を構築してくださった。

10さてヤコブはベエルシバを立って、ハランへ向かったが、 11一つの所に着いた時、日が暮れたので、そこに一夜を過ごし、その所の石を取ってまくらとし、そこに伏して寝た。 12時に彼は夢をみた。一つのはしごが地の上に立っていて、その頂は天に達し、神の使たちがそれを上り下りしているのを見た。 13そして主は彼のそばに立って言われた、「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。 14あなたの子孫は地のちりのように多くなって、西、東、北、南にひろがり、地の諸族はあなたと子孫とによって祝福をうけるであろう。 15わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。 16ヤコブは眠りからさめて言った、「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。 17そして彼は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」。18ヤコブは朝はやく起きて、まくらとしていた石を取り、それを立てて柱とし、その頂に油を注いで、 19その所の名をベテルと名づけた。その町の名は初めはルズといった。
創世記28:10-19

2018-9-29「担われる人生」稲田 勤牧師

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岐路

目次
  1. 人生

朝一番で上島竜兵さんのことに関するニュースが飛び込んできた。自分と同世代なので身につまされるし、昨晩仕事帰りに2時間ほど車を走らせながら「神様、もう私の人生を終わりにしてください」と真剣にお願いしたことがいけなかったのか。自分が人生を諦めていたちょうどその時間に上島さんは亡くなったのかもしれないと思うととても申し訳ない気持ちになる。上島さんのことを先輩が連絡してくれた。そしてそのあとで非常に意味深い話を語ってくれた。

以下、先輩が教えてくれた話。

鷹は鳥の中でも長生きする鳥として知られている。その寿命は70年と言われているが、70年を生きる鷹はその生涯の半ばで大きな決断を迫られるという。40歳になると鷹は爪が弱くなるため獲物が上手に獲れなくなる。くちばしも長くなって曲がり胸に着くようになってしまう。羽も重くなり徐々に飛べなくなってくる。この時鷹は「このまま死を待つ」か「新しく生まれかわる」かの岐路に立たされる。新しく生まれかわる道を選ぶと、それはそれは苦しい自分探しの旅に出ることになる。まず山の頂上に行って巣を作る。次に自分のくちばしを岩に叩きつけ壊してしまう。しばらくすると新しいくちばしが出てくるという。出てきた新しい口ばしで爪を一本一本剥ぎ取っていく。そして爪が生えると今度は羽を一本ずつ抜いていく。このような苦しい経験をした後半年ほどすると新しい羽に生え変わり「新しい鷹」として新生するのである。そして大空に舞い上がり残りの30年を生きることができるという。

人生

鷹の生涯から非常に尊い教訓を頂いた。生きる意味について考えさせられた。同時に人生をかけて追求すべきことが「広さ」や「速さ」ではなく「方向性」と「深さ」であることも学ばせてもらった。少しだけ心が軽くなった。人生について考えながら昼休みに動画を探していたらとても慰めと励ましに満ちたメッセージに行き着いた。ある牧師先生のメッセージであるが非常に深く掘り下げたメッセージなので是非視聴していただきたい。

7話 : あなたを試みられる神

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ギャップ

祈り

毎日色々な形で祈っている。朝起きてすぐに聖書通読をしてから祈る。その後も人とあまり話さないので仕事中も祈ることができる。可能な限り祈るのだが「対話」をしているような感じにはならない。どちらかと言えば自分の要求やお願いを並べ一方通行になっていることが非常に多い。聖霊様のお力添えがなければ祈ることも悔い改めることもできないことを痛感させられる。時々「神様は祈りに招いておいて、その一切を無視しているのではないか」と思ってしまうこともある。常にそうなのではないが時々祈れば祈るほど虚無感だけが残ってしまうことがある。それを払拭しようと更に祈る。そんなことを繰り返していると「神様は惜しげも無く求めてくるものに喜んで与えてくださるはずなのに・・・」と神様の約束を思い出し自分の祈りを反省する。

神は、われわれのあがないを引き受けられたからには、その働きの完成に必要なものは、それがどんなに大事なものであろうと、何1つ惜しまれないのである。われわれの救いに必要な真理は何1つ与えられないものはなく、どんな恵みの奇跡もおろそかにされず、どんな天来の方法も用いられないものはない。恵みに恵みが、 賜物に賜物が加えられる。神が救おうとしておられる人々のために天の倉庫は全部開かれている。神は宇宙の富を集め、無限な力のみなもとを開いて、それらを全部キリストの手にお与えになり、これは全部人類のためだと言われる。天にも地にもわたしの愛より大きな愛はないことを 人々にわからせるためにこれらの賜物を用いなさい。人の最大の幸福は、わたしを愛することにあるのだ。
各時代の希望電子版 p36 献納

何がいけないのか

祈ったことが聞かれる経験が祈りの本質だとは思っていない。祈りを通して、神様のご計画や御心が何であるかを知ろうとする気持ちに変化するプロセスは祈りが聞かれる以上の平安に満たされる。だから自分にとって祈りは避難所であり安全地帯なのである。しかし、一方で祈りがその通りに叶えられない経験をずっと続けていると「自分の祈りはどこが問題なのだろう」と考えてしまう。心から祈るものの求めに応えてくださる神様、と今祈っている神様に少しギャップを感じてしまうこともある。現在色々な模索をしながら何とか聖霊様のお助けをいただいて真の祈りをささげられる者に変えていただきたい。

【聖書が語る幸せの秘訣#24】

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両親

母の病気

昨晩姉から連絡があり母の状態について教えてもらった。まず眼科の診断は「ぶどう膜炎」とのこと。

このまま治療しなければ失明の可能性もあるとのことでとりあえず抗生剤による治療を開始している。こちらも問題なのだが昨晩話したのは両親の認知症のこと。二人とも認知症なのだが父の方が少し程度は軽い。母は今の所子どもたちのことは分かるが色々な記憶がかなり曖昧になる。また急に怒りだすなどの症状もあり父もその対応には手を焼いている。併せて毎日宅配弁当をお願いしているのだが、弁当のない時は父が買いに行く。濃い味付けのものが多く高脂血症や糖尿病、高尿酸血症の薬が増えていることも指摘された。姉の見立てでは二人だけで生活させるのには限界を超えているのではないかとのことである。看護師である姉夫婦の見解は的確だと思う。一方で両親は施設などには入らずできるだけ自宅で過ごしたいと考えている。そうなれば誰かが同居するしかない。姉夫婦は東京、というか勤務先の病院にほど近いところに家を買っているので両親と同居することはできない。弟は広島で教員をしているので実家に戻ることはできない。自分も青森で稼ぎ経済的な面で家族を養わなくてはならない。誰も動けないのだが、消去法で動けるとしたら自分なのかもしれない。収入をどこから得るようにしたら良いのか、両親の面倒を見ながら仕事をすることが果たして可能なのか等々考えなくてはならないことが山ほどある。

悩みの中で

正直言ってどのようにしたら良いのか分からない。しかし両親をできるだけ希望通りに生活させたい。昨晩からずっとこのことに集中して祈っている。ずっと先延ばしにしてきた問題がいよいよ待った無しの状態になってしまった。答えはまだ与えられていないが、最善の道を神様が用意してくださっていることを信じ祈り続けたい。何よりもこのような高齢とはいえ、認知症を患いながらも自分のことを一生懸命に祈ってくれる両親がいることを心から感謝したい。

「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。 驚いてはならない、わたしはあなたの神である。 わたしはあなたを強くし、あなたを助け、 わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」
イザヤ書 41:10 口語訳

2022年5月7日 「湖上を歩く」 安息日礼拝LIVE配信

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母の日

昔の記憶

先日、母の日のプレゼントを送った。配達指定をしたのだが「5月5日から8日の間のどこかで配達する」ことしかできないと言われた。母の日、8日に届いて欲しかったが仕方ない。結局6日に届いてしまった。すぐに両親から電話があった。プレゼントが届いたことを知らせる電話ではあったが少し話しているうちに母の体調が思わしく無いことを知った。以前の帯状疱疹が原因かどうかは分からないが失明の可能性や命の危険も指摘されたという。認知症を患っているのでどこまでがお医者さんの診断なのかが良く分からない。とりあえず姉にも相談し、紹介状を書いてもらった先の獨協大学病院に一緒に行って医師の診断を聞くことにした。とにかく健康面は衰える一方なので不安で仕方がない。しかし、掛かってきたお礼の電話はとても穏やかで明るかった。

自分も歳をとったのか、両親のことを考えると感謝で胸が熱くなり同時にもう戻れない自分が子どもだった頃を思い出して涙を流してしまうことがある。自分一人の力で生きている錯覚をして何にも頼らなくても生きていけると勘違いしていたあの頃。困ったことがあれば両親に相談すれば良い。叱られることはあっても必ず解決してくれた。何でも話し、文字通り「果報は寝て待て」状態でいつの間にか苦難は通り過ぎてしまっていたあの頃。本当に懐かしい。

家が工房で常に自宅には両親、祖父母、職人さんがいた。そのような環境だったので仕事場に行って父と話をするのが大好きだった。ハンドバッグを作りながら色々な話をしてくれた。ネタがなくなれば父の落語会が始まる。これが特に好きだった。一方、母は兄弟の中でも特にできに悪い自分に注意をすることが多かった。というより、兄弟の中で叱られるのはいつも自分だけである。姉も弟もきちんとしている。自分だけがどうしてもうまくいかないのである。自分が悪いのだが、注意を繰り返す母を少し避けていた気がする。

叱られることが多い自分ではあったが、母に対してとても感謝していることがある。昔から母のこの部分が大好きだった。それは、前日どれだけ叱られても翌朝は全く記憶にないと言った感じで明るく挨拶し接してくれるところだ。あれだけ酷く叱られれば翌朝も小言から始まって良いはずなのに全くそうでは無い。全く新しい気持ちで自分を受け入れてくれている。だから自分はいつも親から見捨てられるかもしれないという不安を持ったことがない。もっとも、どの家庭にもあったはなしだが「お前は橋の下で拾ってきた子だ」とは何度も言われた。拾ってきた割には過ぎるくらいの愛情を注いでもらった。

風前の灯のような命かもしれないが、自分には掛替えのない尊い命なのである。母のことを書いていたらまた目頭が熱くなった。

お母さん、ありがとう。

わたしこそ、わたし自身のために
あなたのとがを消す者である。
わたしは、あなたの罪を心にとめない。
イザヤ43:25

讃美歌1編 510「まぼろしの影を追いて」多重録音

 

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