実家にて

実家1日目

日付が変わった4月2日午前2時に実家に着いた。途中休憩は3回とったがあまり眠気はなかった。ただ長時間の運転だったので流石に疲れた。ナビの地図が古いため本来通りたかった道に行けなかったことが悔やまれるが昔の道で実家に帰って来た。所要時間は休憩時間もいれて12時間。でも一番大変だったのは実家の駐車場に車を入れることだった。車を持たない両親はガレージを植物園のように草花で満たしている。それでなくても乗用車がギリギリ1台駐車できる程度の狭さなのに鉢植えがたくさんありからそれをどかさないと駐車できない。車庫入れに20分以上かかってしまった。夜中に帰るから寝ていてほしいと伝えていたが両親とも起きていた。こんな無価値な息子を寝ないで待っていてくれるなんて本当にありがたい。会話もそこそこにとりあえず床についた。久しぶりの実家。2年ぶりぐらいだろうか。懐かしさを覚えながらもそのまま眠りに落ちた。

少し遅くまで寝ていたが9時頃目が覚めて階下に降りて行くと朝食が用意されていた。両親は朝食を済ませていたので自分だけが食べたのだが色々な話しをした。勿論認知症の母はいつもの通り同じ話、同じ質問を繰り返すばかりだったが時々まともなこと、ためになることを言うのでうかうかしていられない。話の途中で「お前がお世話になる職場に挨拶に行きたいから車で青森まで連れて行ってほしい」と言われた。息子と言っても57歳。親が付いて行くような年齢では無いし、第一車の中は荷物満載で運転席以外人が乗れる状態では無い。上手に断ったが非常に残念そうだった。そして「じゃぁ」と言って封筒を持ってきた。「しばらく生活が軌道に乗るまで生活も大変だから当座の生活費にしなさい」と言ってお金を渡された。驚くような額のお金が入っていた。冗談では無い。こんなお金を受け取れるわけない。色々な理由をつけて断った。が、父が「お母さんはお前のことが心配で仕方ないんだよ。どうか受け取ってほしい」と頭を下げられてしまった。裕福な両親では無い。実は年金だけでは生活できないので毎月子どもたちでお金を出し合って両親に送っているのだ。そんな生活をしているのになんでこんな親不孝な自分にお金を渡すのか。本当に親の愛情の深さに圧倒される思いだった。食事をしながら下を向いていたらまた涙がこぼれた。涙声で「ありがとう」と言うのがやっとだった。

大切な子ども

今日は履歴書の写真を撮るために少し外出しただけで基本的には家にいて両親と話していた。一緒にテレビを観ながら会話をする、と言うことを繰り返していた。テレビを観る習慣もテレビ自体もない自分にとってテレビは少し新鮮だった。そんな中で父が「お前はうちの大切な子どもなんだから、何かあったらなんでも相談してほしい。何かの力になりたい、役に立ちたいんだよ」と言った。テレビを凝視しながらまた涙が流れてきた。「大切な子ども」と言われてことが最近ないのでその言葉が何とも言えない気持ちにさせた。「いらない」「不要」「出ていけ」としか言われてこなかったから、自分が大切な存在であるなんて考えたこともない。いつも「命をとってください」と祈って眠る日々を送っている自分は生きる資格すらないと思っているから父の一言は非常に衝撃的だった。そして人を生かす言葉があることを実感した。少し悩んだけれど実家に立ち寄れたことは本当に良かった。明日の夜青森に向けて出発するがもう少し両親と話しておこう。

You Are Precious

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