忍耐するということ

忍耐と耐える方法

人生において忍耐を強いられることがよくある。英語で忍耐を表す語はpatienceだがこれが形容詞になるとpatientとなり「忍耐強い」、と言う意味のほか有名なところでは「患者」を表す単語となる。逆境を耐える、或いは逆風を耐え忍ぶと言う意味合いが「忍耐」の奥にはある。大学を目指して受験勉強に励むことも忍耐のひとつかもしれない。自分は忍耐と言えるほど真面目にやっていなかったと思うがそれでも11月頃からは毎日の様に眠るときに涙が溢れた。先が見えないことに対する不安とそれを耐え忍ぶ辛さに涙が溢れるのであった。

全く違う話であるが浪人決定の3月下旬、電車の中吊りに「今からでも間に合う青山、早慶!」と言うのがあった。3次募集でもあるのかと近寄って広告を見てみると「青山製図学院」「早稲田簿記」などと書いてあった。浪人生を馬鹿にした広告であったが怒る気にもならなかった。

上司に叱られて忍耐する、などと言うことは日常的に多くの人が経験していることではないだろうか。出世まで忍耐する、このプロジェクトが成功するまで遊ぶことを忍耐する等々。色々な忍耐がある。そして一般的にはどのように忍耐するのだろうか。要するに何をして耐え忍ぶのだろうか。お酒の力を借りてウサを晴らしながら耐える人もいるだろう。趣味や娯楽に興じて一時的に現実逃避をすることもあるかもしれない。

しかしそれがお酒を飲んだり趣味に興じる余裕さえない程切羽詰まっている場合はどうだろうか。例えば親の介護。自分が一瞬でも目を離せば問題が起きてしまうような場合、或いは昼夜問わず借金の返済に追われる場合。逃げようがない。自分も次男が病院生活をしていた頃は本当に気がきではなかった。妻と付き添いを交代で行なっていたが夜中に何度も起こされる。子どもが苦しむ姿は見ていられないものである。また少し調子が良く退院できたとしても直ぐに発作が起きるから自宅に帰ることを祈りながらも自宅に帰れば余計に不安になっていた。いつまでこの生活に忍耐しなければならないのかと毎日のように思っていた。勿論一番忍耐していたのは当の本人だったと思う。このトンネルのような忍耐がいつまで続くかが最初から分かっていれば耐えることはもう少し容易になると思う。例えば、あって欲しくないことだが学校でいじめにあっている場合、あと2ヶ月でこの試練は終わると分かっていれば忍耐できると思う。しかし忍耐のトンネルは永遠に続くように思われる。

自分の知り合いには重い病におかされ、命の長さを考えなくてはいけない状況を必死に耐えながら生きている人がいる。また子どもを失いその悲しみをじっと唇を噛みながら忍耐している人もいる。忍耐がない世界に早くいきたいものである。また忍耐がどうしてもしなくてはならないものであるなら、それがいつ終わるのか、終わるまでの手段を教えてくれる人がいたらどんなに良いだろうかと思う。

忍耐とクリスチャン

キリスト教を信じたところで、この世の試練から全く解放されるわけではない。むしろクリスチャンの方が忍耐を強いられる場面が多いのかもしれない。クリスチャンだからと言ってその忍耐がいつまでなのかを神様から教えてもられるわけではない。またお酒で気を紛らわせると言うことも多くの場合ない。

ただクリスチャンはその困難を持って行くべき場所に持って行き忍耐することができる。即ち神様の元に直面しているものを祈りとして神に預けることができる。預けたところで問題がなくなることは少ないが、それでも持っていける場所がある。しかもキリスト教の神様は試練を耐え忍ぶ人と共に泣き苦しみを共有してくださる。天の高いところで待っているから重荷を持ってきなさい、と言う神様ではなく自分のところまで降りてきてくださりその重荷を共に背負ってくださる神様なのだ。自分も人から比べたら大したことではないかもしれないが、自分としては大きな忍耐を強いられる局面を生きている。家族を失い仕事も決まらない。何もかもうまくいっていない気がしてならない。
しかしそれでもその重荷を神様に
「この負いきれない重荷をになってください」
と祈り続けることができる。これはクリスチャンの特権である。
そう祈りながらいつもひとつの讃美歌が頭に浮かぶ。

主にまかせよ、汝(な)が身を、
主はよろこび たすけまさん。
しのびて 春を待て、
雪はとけて 花は咲かん。
あらしにも やみにも
ただまかせよ、汝が身を。

主にまかせよ、汝(な)が身を、
主はよろこび たすけまさん。
なやみは つよくとも
みめぐみには 勝つを得じ。
まことなる 主の手に
ただまかせよ、汝が身を。

文語調だから分かりにくいかも知れないが歌詞の意味は何と無く理解していただけると思う。

忍耐するもの

少し寒さが緩んだ印象があるが一年で一番寒い時期を過ごしている。私はこの時期の桜が最も綺麗だと常々思っている。春になって一斉に花を咲かせる桜を日本人は特に好む。勿論綺麗である。しかし桜は春になって急に咲くのではない。一年で最も寒いこの時期、風雪に耐え少しずつではあるが確実につぼみを膨らませている。もう少しするとつぼみの先端が赤くなってくる。風雪に耐える姿は人生の忍耐に似ていて勇気付けられる。

自分は物理の教員なので何故飛行機が飛ぶのか、何故ヨットが風上に向かって進めるのかを知っている。物理教師でなくても多くの人が知っていることであるが飛行機にもヨットにも揚力が働く。この揚力を用いて飛行機は飛ぶしヨットは風上に向かって進めるのである。飛行機は前進することで翼の上下に空気が別れる。翼の上を通過する空気は速度が早くなるため気圧が低くなる。逆に翼の下を通過する空気は速度が遅くなるため気圧が高くなる。気圧の高い方から低い方に向かって働く力、即ち翼をしたから上に持ち上げる力が揚力である。この揚力によって飛行機は浮くのである。
この揚力を最も必要とする時が離着陸時である。最も危険な時に飛行機は風に押してもらうのではなく風に向かって行くのである。何故なら最も効率よく揚力が働き最も安全な離着陸ができるからである。

忍耐を強いられる時を過ごしている方がいれば是非キリスト教の神様に頼ることをおすすめしたい。

主に任せよ、と言う讃美歌がネット上にあった。森山良子さんが歌っている。

讃美歌はこちら

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