ピクニック

大ピンチ

昨晩、次男から電話があった。声は元気そうだったが、話の内容は少し暗めだった。「少し微熱があるんだ」と言っていた。数日前の電話で27日(この電話の翌日)が小学校のピクニックだと聞いていた。この熱のせいでピクニックに行けなかったらどうしよう、と話しながらどんどん塞ぎ込みとうとう泣き出してしまった。感情のコントロールが少し苦手な子なので電話口で冷静になるよういくつかの話を穏やかにしてみた。若干落ち着いたがまだ興奮気味。とにかくお祈りをしようと誘って二人でお祈りをした。

少し話せるようになったところで何故ピクニックに行きたいのかを聞いてみた。「楽しいから」「おやつが食べられるから」と言っていた。ふと、自分の小学生時代を思い出した。遠足といえば「家に着くまでが遠足です」と言われたが、遠足は前日の「おやつを買う」ところから始まっている。今のように大型店舗がたくさんある時代では無い。所謂「お菓子屋さん」に数名の同級生と一緒に行く。小さな町なのでお菓子屋さんで同級生に出くわすこともある。規定の300円をどのように使うか悩むのが楽しい。電話の様子から次男もお母さんと一緒におやつを買いに行ったのだろう。ピクニックでおやつを食べるのが楽しみ、とは何とも次男らしい言葉だ。

本当の理由

次男と一緒にお祈りしながら「もしも熱が上がってピクニックに行けなかったらどうなるか」を考えていた。秋のピクニックはバスを借りて遠出するが春は歩いていけるところ。しかも近くの公園で、いつでも行けるところである。別にピクニックで行けなくても大したことはない。が、色々と話していくうちに本当の理由を教えてくれた。「本当は友達といっぱい遊びたいから」。子どもとの電話で泣いては行けないと指示されているので、涙を抑えるのが大変だった。友達関係の構築に苦手意識をもっている次男。でもいくら苦手とは言ってもやはり友達が欲しくて、大切でたまらないようだ。3年生の後半から気の合う友達が数人できたようだ。本人は気があう、と言っているが周りがかなり次男に対して寛容な心をもってくださっているのだと思う。本人にとってはそんな仲間と行くピクニックだから場所などどこでもよかったのだろう。それこそおやつだってお弁当だって何でも良かったのだろう。次男との電話を切った後、すぐに車に乗って長い時間祈った。車の中だから、次男のことを考え溢れてくる涙を抑える必要はない。必死に祈った。たかがピクニック。されど次男にとっては世界一周するぐらい価値のあるピクニック。「どうか熱を下げてピクニックに行かせてください」と長時間ドライブをしながら必死に祈った。

聞かれた祈り

今朝、ピクニックの当日であるが9時半に次男から電話があった。着信をみてすぐに「ピクニックに行けなかったんだ」と分かった。それでも電話の声は明るかった。「熱は下がったけど咳が少し出るから今日は休みなさいってお母さんに言われた。でも今度お友達を連れて別の場所にピクニックに連れて行ってくれるから今日は我慢することにした」と言っていた。子どもの真の幸福を常に考えてくれる母親はやはり凄い、と痛感した。昨晩あれほど祈ったけど神様の御心は違った方向に道を開いた。恐らく「忍耐」「我慢すること」を次男に教える絶好の機会と判断されたのだろう。「次男をいつも守り幸せにしてください」と祈った祈りはやはり聞かれたのだろう。

それにしても今回の騒動で次男の成長を見ることができとても幸せな気持ちにさせていただいた。周りとは違うスピードかもしれないけれど次男のペースでしっかりと成長している。感謝すべきことである。

「わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。」
ヨハネの第一の手紙 5:14 口語訳

逃げるヨナ 森田 栄作

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