備え

地震

先週木曜日夜に千葉県北西部を震源とするM5.9の地震が発生した。携帯に通知がきたので急いで調べてみると実家も震度5とのこと。あとで父から聞いたが「地震は多いけど今回ばかりは家が倒れると思った」とのことだった。実家のことも気になりすぐに電話をしたが繋がらなかった。退院直後から痛みを訴える母の面倒を見ながら地震に遭遇し父の憔悴した様子で寝てしまったとのことだった。

同時に関東には多くの友人や卒業生が住んでいる。瞬間的に何人もの顔が思い浮かび、思いつくままとりあえずLINEやメールで大丈夫か尋ねてみた。冷静に考えれば、心配して多くの方から連絡があっただろう。それらにいちいち返信することすらままならない状況なのに、安否確認など余計なお世話だったのかも知れない。しかし、そこまで考えられず確認メールを送ってしまったが、次々に「大丈夫」との連絡が返ってきた。本当に安心した。卒業生といっても19歳から50歳を超える人まで年齢も様々だが、いつになっても気になって仕方ない。

返信

次々に返信されるメールを読み安堵すると同時に、中に3通全く同じ内容のメールがあった。年齢もバラバラだが内容ま全く同じだった。

「凄く揺れたので怖かったけど、すぐに再臨だと思った。そう思ったらとても嬉しい気持ちになって怖さが吹き飛んだ」

という内容。いよいよイエス様が来てくださったのだと思ったそうだ。この返信には本当に感動した。心の底から再臨を待望し、そのために準備している様子が伝わってきた。

以前にも書いたが、まだ教員をしていた頃の話。ある、足の不自由な男子生徒が入学してきた。系列の中学から進学してきたが、歩行には両手に杖を持たないといけないほどである。寮から校舎までゆっくり歩いても3分、少し走れば1分で着く距離だが彼はそこを5分かけて登校する。常に明るく前向きな生徒で多くの友人に囲まれていた。ある金曜日の夜、自分は数名の生徒と聖書研究をするために男子寮にいた。その時、広島では珍しくかなり大きな自信があった。その聖書研究会には足の不自由な彼もいたのだが、大揺れの最中「机の下に頭を入れて」と誘導する自分の言葉を無視するかのように、彼は両手の杖を投げ出して天井を見上げて嬉しそうにしていた。その表情が非常に印象的でいまでも記憶にはっきり残っている。しかし、その後地震がおさまると彼は大失望の表情で、先ほど投げ出した杖を取りに行った。彼にはイエス様が来られることと足が完全に癒されることは同じ意味でとても重要なことなのだとその時知った。そして彼がイエス様を心待ちにしていることを知り、涙が出そうになった。

そんな、イエス様を心待ちにしている卒業生がいる一方で自分はどうなのか?今はイエス様を心待ちにしているが、その動機はイエス様とお会いできること自体を待ち望んでいるのではなく、今の苦境から解放されることを待ち望んでいるように思える。情けない。

再臨

まもなく大きな白い雲が現れた。それはこれまでのどんなものよりも美しく見えた。その上に人の子が座っておられた。最初、われわれには、雲の上におられるイエスが見えなかったが、雲がだんだん地上に近づくにつれて、彼の麗しい姿を見ることができた。この雲が最初に現れた時、それは天における人の子のしるしであった。神のみ子の声が、眠っている聖徒たちを呼び起こし、輝かしい不死の衣を彼らに与えた。生きている聖徒たちは、一瞬の間に変えられ、彼らとともに雲の車の中へと引き上げられた。雲の車がのぼって行くのは、実に輝かしい光景であった。
エレン・ホワイト 初代文集 電子版P54,55

『失われた世界とその回復の希望』第7回「進化論と創造論(最後に愛は勝つ)」10月8日 講師:山本哲也

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