優先順位

決 断

人生は決断の連続である、と言った人がいるがまさにその通りだと思う。決断の連続によりいまの自分がある。自分は今まで多くの間違った決断をしてきたような気がする。決断に際して重要なのは情報である。状況を見極める情報、特に正確な情報が多ければ多いほど正しい決断ができる。自分のことを決めるのもなかなか難しいが集団や組織、場合によっては自治体や国の決断をする人たちは相当大変だとおもう。先日菅総理が記者に向けて質疑応答を行なっていたが、思わず出た本音、「色々なご意見やお叱りの言葉があることも承知している。しかしひとつだけ理解していただきたいことは何度も迷って迷って出している結論だということ、これはわかって頂きたい」と言っていたのが印象に残っている。思わずでた本音。コロナの緊急事態宣言やそれに付随する決断は難しいことこの上ないと思う。言ってみればコロナに感染して死ぬか、緊急事態宣言が出ることで営業できなくなり経済的困窮で死ぬか、いずれかを選ぶような決断にも思える。難しい決断を迫られるとき、何を優先するかを明確にすることは非常に大切なことであると思う。コロナひとつとっても、できるだけ公的お金を出したくないという気持ちが働いてしまうと優先順位にブレが生じ判断が難しくなる気がする。何れにしても何かを判断する人は本当に大変だと思う。うまくいって当たり前。うまくいかなければ方々から叩かれる。また一方を立てれば他方が立たなくなる。安倍前総理の苦渋(?かどうかはわからないが)の決断によって配られた小さめのマスク。勿論使っていない。これを見るたびに判断の難しさと優先順位ということを思い出すようにしている。

本校の決断

本校の高等学校卒業式は2021年1月24日に行われる。全寮制で地元に戻ってから受験をする生徒のことなどを考え県内で最も早い時期に卒業式を行う。2020年12月29日の段階で今回の卒業式は保護者を会場に入れない式典にすることを決めた。別のチャペルに保護者のみを集めそこでライブ配信の形で卒業式の映像を放映する。本校の卒業プログラムは22日(金曜日)から始まる。それらの集会も保護者は一切会場入りできないとのこと。難しい判断をした人も大変だったと思うが、正直にいうとこの判断が正しいのか私は疑問に思った。前述の通り優先順位を明確にすることが大切だと思う。卒業式に関していえば優先順位の第1は卒業生、在校生、保護者、教職員の人命である。次は卒業生が参加できる卒業式。そして3番目は保護者が参加できる卒業式。在校生や教職員が卒業式に参加することはとても大切だが優先順位からすると保護者より上にはならないと私は考える。保護者は、手元に置きたい可愛い我が子を寮に預け、住宅ローン並みの学費を毎月払ってきた。家計が急変する家庭もある。また働きすぎて卒業式の前に親御さんが亡くなることもあった。少なくとも私は2件そのような場面に遭遇した。学校を信頼して子どもを送り続けることを3年間、或いは6年間続けてこられた親御さんである。卒業式はこの親御さんのためでもあるのだ。勿論子育ての卒業ではないが節目としてこの式典には卒業生と同じ程度の順位で列席していただく必要がある。が、ここ数年本校の雰囲気も大きく変わってしまった。生徒の意見に耳を傾けることなく色々な判断が次々となされ、生徒や保護者はそれを受け入れざるを得ない、そのような学校に変化してしまった。特にこの2年ぐらいで本来の本校の良さが薄れてしまった気がしている。確かに保護者は東京やその近県から、またコロナの感染が広まっている地域からこられる。それを危惧しての保護者不参加の卒業式だ。しかし卒業式の後は卒業生と親御さんは一緒に家路につくのである。であれば親御さんと卒業生を一緒にすることは大きな問題ではないと思う。また親御さんに参列していただくためにどのような対策をとれば良いかをギリギリまで考えることも必要であると思う。座席を工夫し、アクリル板やビニールシートを用い、在校生がいない分座席間隔を十分にとり暖房を用いながらフルに換気をするなどやり方はいくらでも考えられると思う。在校生が別の場所でオンライン配信を視聴することが望ましいと私は考える。とにかくこれを決断した人も大変だったとは思うがどうしても学校の都合が優先され、本来の優先順位を見失っているように感じてならない。

イエスキリストの優先順位

イエスキリストと言う人はどのような行動においてもその動機、優先順位は明確だった。最も傷ついている人、虐げられている人、困っている人、助けを必要としている人を最優先にした。このイエスキリストの優先順位を自分の行動規範にしようとする人たちがチームを作っている。W.W.J.D.(What Would Jesus Do)と言うスローガンを掲げるグループだ。「イエス様ならどうするだろうか?」を考え行動する人たちの集まりで世界中でこの運動は展開されている。イエス様だったらコロナの問題をどのように解決するだろうか、イエス様だったらこの卒業式をどのように開催するだろうか、イエス様だったら…。イエスキリストと言う人がどのようなことをした人かは聖書に記されている。何度も紹介しているが無料の聖書アプリがあるのでダウンロードして読まれることをお勧めしたい。車やバイクの運転で読むことができない時には「聞くドラマ聖書」と言うものもある。これはダウンロードではなくオンラインで聞くことができる。有名な俳優、声優さんがドラマ仕立てで聖書を読んでくださる。ぜひ一度聖書に触れイエスキリストの生き方や価値観を知っていただきたい。世界中の人が何かをする時に「イエスキリストならどうするだろうか」と考えて行動するなら人類はもっと愛情深くなれると思う。

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