最後に残るもの

生きる支え

今まで教員という仕事しかして来なかったので、もう教員に戻れないことがはっきりした今、心の支えを失ったような気分でいる。しばらく前からどこを探しても教員免許が見つからず困っていた。もう2年ぐらいになるだろうか。仕方がないので再交付をしてもらおうとしたが教員免許は特殊な事情がない限りただの紛失では再交付してもらえない。教員免許に変わるものを各教育委員会が発行してくれそれが教員免許状の代わりになる。しかし自分はどうしても教員免許の再交付を受けたく何度も相談してみたところ、ひとつだけ自分のケースに該当する解決法があった。その方法で再交付の申請をしてみようと思った。教育委員会への申請の前に市役所が特別な証明書を発行してくれないといけないのだがいくつかの書類とともに申請し市役所が受理してくれ証明書を発行してくれた。今度はその証明書で教育委員会に免許状の再交付申請をした。免許取得の時期が異なっており発行した教育委員会もふたつの地域に別れており、更に免許の種類が3種類あったので少々煩雑ではあったが申請してみた。およそ2ヶ月近く掛かったが新しい教員免許状が3種類発行された。今、真新しい免許状は大切に保管されているがこれも結局必要なくなってしまった。生涯この免許が役に立つことがないかと思うととても悲しい気持ちになった。

いれば色々な不満がある教育現場だが、もう戻れないと思うと戻りたくて仕方ない。今教員として働ける人が羨ましくて仕方ない。

思い出

教員として働いて来た思い出は今までにもいくつか投稿して来た。むっちゃんという女子生徒の指導のために行ったおばあちゃんのお見舞いがとても貴重な経験になったこと。その時の投稿はこちらにある。(むっちゃんとおばあちゃん1 むっちゃんとおばあちゃん2

また交通事故に遭いながらサプライズで学校に戻れない生徒を特別出演させた思い出のクラスパーティー(イエスキリストの誕生を思う1  イエスキリストの誕生を思う2)。そのほか色々な思い出や生徒の顔が次々と浮かんでくる。

もうこんな経験もできないのか、と思うと悲しいを通り越して絶望感、更に魂が抜けた状態になっていくことを実感している。どれだけ後悔しても戻らない日々。本当に自分が情けなくて悔しい。家族をはじめ多くの人に迷惑を掛けている事にも申し訳ない気持ちと後悔でいっぱいである。できれば消えてしまいたいくらい情けない。

そしてそんな感情を持つことも許されないほど事態は緊迫していてあと3週間で次の仕事や引っ越し先を決めて出ていかなくてはならない。本当にどうしたら良いのかと途方に暮れるばかりである。

キリストのみ

全て、と言って良いほど多くのものを失ったがいくつか残っているものもある。本当はなくなって欲しいと願っているが「命」。これが残っている。そして何よりも自分には神様がいらっしゃる。イエスキリストがともにいてくださる。これだけが今を生きる支えになっている。

エレン・ホワイトの書物から次のような言葉を見つけた

キリストの手のひらには痛々しい傷跡があります。
人生において傷つき、打たれ、
耐えられないような困難、
試練に遭遇するときには、
キリストが私たちのためにどれほどの苦しみ、
痛みを味わわれたかを思い出し、
瞑想しましょう。
兄弟姉妹たちと共にキリストにあって、
天の王座に座り、
天の祝福を心に満ちあふれさせましょう。

エレン・ホワイト

天つ故郷 8章 p107

イエス様がいてくださる、イエス様が生きていてくださる。これだけが自分の希望である。

youtubeでBecause He Livesという讃美歌を見つけた。

動画はこちらから

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