敬老の日

東北新幹線

今日は姉夫妻も実家に来てくれて敬老の食事会をした。その後父は姉夫妻の自宅がある荻窪に。そして自分は今東北新幹線で青森に向かっている。連休最終日ということもあり新幹線は満席。実は東北新幹線はやぶさ号は自由席の設定がない。が、東海道新幹線や山陽新幹線のように本数が多いわけでもないので、苦肉の策として「立ち席特急券」なるものが発売される。自由席特急券と違うのは、乗車する新幹線が指定されること、そして自由席設定がないのでどんなに空いても座れない、更に今日のように満席にならないと売り出されない、という点が挙げられる。鉄道マニアとしては少しだけ立ち席特急券なるレアチケットを購入できたことは嬉しいが約3時間経ち続ける事には閉口である。 

日々後悔

実家で父とふたりで過ごした5日間。毎晩ひとりになると泣いていた。とにかく父が毎日衰えていく。特に話していることが支離滅裂で会話が成立しない。いない人を探したり、あるはずのないものを一緒に探してくれと言ってきたり、夜中に外に行こうとする。今までこんなことは決して無かったのに母が居なくなってから急にかわってしまった。この変化に自分のそうだが何より父が戸惑い悲しい気持ちになっているはず。それは分かっているのだが、どうしても父に対して注意することが多くなる。口調も決して優しくない。時には叱るような勢いで行ってしまう。

先週末に届いた書留があった。両親の保険証だ。これが届いた時にすぐに保険証だと分かったが、庭の作業をしていたので上り框に置いてしまった。作業を終えて書留をしまおうとしたが既になくなっていた。父に聞くが、そんなものは知らないと言う。知らない訳ないのだが憶えていないのだろう。そもそも今回は保険証が短期間に2回変わるので、「年寄りのものをそんな煩雑にするのは不親切なのではないか」と心の中で国を責めたりしていた。元々自分がすぐに片付けないのがいけなかったのに誰かのせいにしたい衝動にかられた。父も申し訳なさそうに「一緒に探す」と言ったが、そんなことはいいから早く寝てくれ、と言ってしまった。

こんなやりとりを毎日していた。1日を振り返り、後悔しながら「お父さん、ごめんなさい。辛いのはお父さんなんだよね」と独り言を言いながら風呂場で泣いていた。

でも

父とお別れする時に「また来月来るから、それまで待っていてね」と声を掛けると「いつでもおいで。困ったことがあれば何でも連絡してきなさい」と言われた。父のお世話をしているつもりだが、父は全てが分かっているんじゃないか、と思わされた。そして子どもからきついことを言われても、母がいない寂しさに心挫けそうになっても尚家族のことを考える父は偉大だな、と思わされた。

あと1年で還暦。自分も間も無く父のようになる。その時、薄れ行く記憶と理性の中でどれぐらい家族を想い続けられるのだろうか。

敬老の日の今日、特別に意味深い1日になった。

 

まぼろしのかげをおいて 関根宣義先生

 

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