由布岳遭難事件

教員になってまだ間もない頃(確か2年目か3年目)の出来事。毎年5月になると中学3年生は一般で言う修学旅行に出かける。本校では「修養会」と言う。観光を目的とした旅行ではなく多少観光はするものの聖書を土台とした勉強会が中心となる旅行である。

初日は長崎に入り平和祈念館や26聖人記念館を見て二日目から湯布院入りする。卒業生が営むペンション(と言っても50人は宿泊、研修ができる施設)を拠点として毎日聖書研究やグループディスカッション、レクリエーションや観光を行い夕方からまたキリスト教プログラムが始まる。全行程4泊5日の旅となる。

湯布院入りして2日目のメインプログラムが由布岳登山。1600m弱の比較的登りやすい山である。非常に美しい山で遠くから見ていてもその雄大さと美しさに魅了される。登りやすいと言っても登山なので入念な準備や打ち合わせを繰り返して当日を迎えた。私は毎年修養会の引率で同行し由布岳も何回も登っているからかなり慣れていた。男女でペースが違うため女子が先に登り約1時間遅れで男子が登り始めるという計画を立てていた。私は女子の先頭を任された。女子のしんがりは女性の先生だったが登山直前で足を痛めた生徒がおりその生徒のフォローをするため結局私一人が女子のグループ(生徒21名)を引率して頂上を目指すこととなった。

当時、由布岳は入山口を入るとすぐに直進する道と右に折れる道とふたつあった。予定では直進ルートを通るはずだったが何度も通っている道で少々飽きていたので、本来は絶対にしてはいけないことだがその場になってルート変更をした。右に曲がるルートを選んだ。若干険しい道になるが直進ルートよりも距離が短い。興味のあったルートではあるが初めて通るルートだ。後ろの生徒たちもまさか引率者が行ったことのないルートを選んだとは思いもせずただついてきた。歌を歌ったり色々な話をしながら歩いていたが道が段々と茂みに入っていくのが分かった。若干不安を感じたが近道だからそういうルートなのだろうと思いながら進んでいくと更に大きな岩場。2mぐらいの岩を登らないといけない。「こんなに難しいのかな?」と一抹の不安をおぼえながらも岩の上から生徒たちの手を引っ張り一人一人を登らせた。そしていよいよ道がなくなった。藪をかき分けるようの進むしかなかった。この辺りでやっと登山道を外れている自覚を持った。が、一番いけない教師の例が自分である。
「先生、この道あっているんですか?」という質問に
「大丈夫。何度も来ているから。」と笑顔で嘘をついた。
生徒たちも不安と疲れで限界状態。半べそをかきながら必死にこらえる生徒、跪いて祈る生徒。やっと自分のおかれている状況と自分の全てが間違っていることに気づかされ
遭難‼️  遭難⁉️ 遭難‼️  遭難⁉️ 遭難‼️  遭難⁉️ 遭難‼️  遭難⁉️
「もしかしたら間違えたかもしれない」とやっと生徒に打ち明けることができた。その時点で登山開始から2時間ぐらい経っていた。現代のように携帯電話がある時代ではない。手元にあるのはCB無線機一台。打ち合わせていたチャンネルで男子グループに呼びかけるも応答はない。後でわかったことだがその頃山の肩の下に入っていたようで電波の状態も非常に悪いところにいたようだ。前にも進めず戻ることもできない。明らかに遭難している。唯一ありがたかったのはまだ日中で気温も暖かかったこと。生徒たちは日頃の信仰教育の成果かみんなで円陣を組み一人一人順番に祈っている。本当に申し訳ないことをしてしまった。自分の命と引き換えにこの21名を助けてほしい、と自分も必死に祈った。祈りが終わり生徒たちに
「ごめんね。申し訳ない。」と謝罪すると
「大丈夫だよ。先生のせいじゃないし。神様が必ず助けてくれるからそれを信じて讃美歌を歌おう。」と言ってくれた。
「いや先生のせいだしそれ以外の理由はないよ。」と心の中で思った。登山から3時間ぐらい経った。讃美歌を歌う彼女たちの声が届いたのか少し上の方から声が聞こえた。
「おーぃ。どこにいる?声を出し続けて❗️」男子たちの声だ。助かった、と思った。生徒たちも同じことを考えたようで残ってる力を振り絞って交互に声を出し続けた。勇敢な男子生徒たちが女子生徒の声を頼りに降りて来てくれた。私たちは頂上に比較的近いところにいたようだ。男子生徒が藪をかき分け道無きところに道を作って近づいて来てくれた。

結局私たちはそのまま助けられ、一度頂上まで上がり正規のルートで下山した。後発の男子が、途中で女子と会うことがなかったのに頂上にもいなかったのでどこかで迷っているとすぐに理解してくれていたようである。本当にありがたい。助かった。助けられた。その後同行していた教頭先生に呼び出され叱られたことは言うまでもないが、叱られて済んだからよかった。これで生徒に何かあったら…。考えただけでも恐ろしい。この日自分は教師として、集団を導くものとして、そして人としてやってはいけないことの全てをしてしまった。いまでもこの学年の生徒に会うとこの時の話題が出てくる。恥ずかしいけど笑い話にできたからよかった。自分に教師としての自覚と責任感、適性が全くないことを思い知らされる出来事であった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA