ルーティン

朝、目覚めると

毎日のことである。本当に毎日同じことを繰り返している。朝起きるともの凄く寂しく、また空虚な気持ちに満たされている。クリスチャンとして間違った生き方をしていると十分自覚しているが現実のことである。とても寂しくて、悲しくて思いっきり泣きたい気持ちになる。それでも仕事に行かなくてはならないので「主よ、どうか助けてください」と何度も何度も必死に祈る。小一時間祈ってやっと重い腰を上げて家を出る。仕事場に行って検温や健康観察を行い身なりを整えて車に向かう。そして指示されたコースに向かう。車中、ずっと必死に祈り続ける。一瞬でも神様に見放されたらそこで全てが終わってしまうようなギリギリの状態で仕事をしている。こんなことを繰り返していて良いのかな、と疑問を感じている。神様に心を向けていないと直ぐにサタンが攻撃してくる。この空虚で孤独な生活を一生続けていくよりも、死に解決を求めた方が良いのではないかとサタンは囁く。孤独に耐えるのは本当に苦しいことだから人生を諦めてしまえ、と攻撃してくる。祈っていないと「本当にそうだな」とサタンの囁きに共感してしまうのである。恐ろしいことである。

何が起こるか分からない

原爆の日を前に東京都の感染者が5000人を超えたとのニュースを目にした。3年前、誰がこのような世の中になることを予測しただろうか。事態は世界規模で一気に変わってしまった。当初感染者が200人になったところで大騒ぎをしていた。それが東京だけでも5000人を超える感染者。更にデルタ株も出現した。長い長いトンネルに世界が入り込んだというより迷い込んでしまった。科学や技術の進歩などは状況を見ていると徐々に予測できるが、疫病や感染症などは予測できない。また逆に急転直下、事態が変化することもある。作家の三浦綾子さんはその著書の中で次のように言っている。

人生には若い人も、老人も、病人も、健康な人も時には大変な困難にあうことがある。(もう駄目だ!絶望だ!)と叫びたくなることがある。が、いかなる場合にも自分の人生を投げ出してはならない。人生には、どんなことが起こるか測りしれないのだ。     三浦綾子 孤独のとなり

確かなもの

状況も人も時々刻々変化する。良くも悪くも変化する。そしてその変化のスピードが非常に速いのが現代の特徴と言えるのかもしれない。めまぐるしい変化の中で、決して変わらないものは何か。それは唯一絶対の神だと自分は信じている。

イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。
Jesus Christ the same yesterday, and to day, and for ever.
ヘブル人への手紙13:8

神様に愛をいただき、全てのものを備えていただき、個人的に神様のご臨在を示していただいているのに、毎日空虚で孤独な気持ちにしかなれないことを本当に申し訳なく思っている。本当に神様に申し訳ない。

【広島三育学院5月8日夕礼拝】『今の時を生かして』髙橋貴恵先生

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