安息日

休みの意味

自分の通う教会では3ヶ月を1クールとして1冊の聖書研究のためのガイドが与えられている。日本だけでなく全世界で同じテキストを用いて学ぶ。7月から9月の3ヶ月間は休息について学ぶ。聖書のある書を学ぶことがあれば、前期のように神様の契約、などひとつのトピックを扱うこともある。今回のテーマは「休息」である。土曜日から金曜日まで毎日学ぶべきテキストが決まっており欠かさずやる様にしている。このテキストの中で面白い質問があった。「何故神様は人間がまだ疲れてもいないのに休息の日を設けられたのか?」という質問であった。人類がつくられたのは6日目。そして7日目を休息の日即ち安息日としてお定めになった。これが何故なのか、という質問である。どの様に考えるべきだろうか。神様は6日で天地を創造され、疲れたので7日目を安息日として制定したのだろうか。天地創造は6日で終わっているけどもう1日を休みの日としたのだろうか。恐らく神様の意図はそうでは無かったと思う。神様は休息の日、安息日を含めて1週間とされた。そして特別に最初の1週間を創造週とされた。7日目も意味がある1日として最初から定められていたのだ。その意味は…。神様のところに戻ってきてその懐に抱かれ休息し回復することがその主たる目的だと思う。安息日に神様を創造の神様と認めて礼拝する、神様の前にぬかずくことで回復していただき再創造していただくのだ。週の最後の日には日頃の生活から切り離されて、神様の前に礼拝をささげるために出て行き神様との交わりを通して心を癒していただくことをはじめから教えたく、疲れていない人類に対して7日目の安息日を覚えさせたのだと思う。

1週間

月はその自転周期と地球を回る公転周期とが全く同じでおよそ1ヶ月。自転と公転の周期が同じなので地球からは月の同じ面しか見えないことになる。地球にいながら月の裏側を見ることは不可能なのである。1ヶ月は月の動きから定められた。同様に今度は地球が太陽を一周する公転周期がおよそ1年。即ち1年という時間は地球の公転周期から定められた。更に1日は地球の自転周期から定められた。1日、1ヶ月、1年は全て天体の動きから定められたが、1週間については天体の動きではない。これは天地創造の7日にちなんで定められたと辞典に載っている。創造週の記憶が未だに受け継がれていることに驚かされる。全く関係のない話であるが、浪人時代は特にこの週の終わりの日である安息日が来るのが楽しみで仕方なかった。厳密にいえば安息日は土曜日だけではなく金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日なのである。だから毎日夜9時まで予備校に残って勉強していたが金曜日だけは日没前に家に帰ることができた。土曜日は勉強から全く解放されるのだ。勉強から離れる不安もあったが、しかし安息日は嬉しかった。土曜日を安息日として守る者同士の挨拶で「Happy sabbath!」という言葉が交わされるが、浪人時代はまさにハッピーサバスであった。

今日の御言葉

今朝与えられた御言葉は次の聖句だった。

高いものも深いものも、その他どんな被造物も、
わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、
わたしたちを引き離すことはできないのである。

Nor height, nor depth,
nor any other creature,
shall be able to separate us from the love of God,
which is in Christ Jesus our Lord.

ローマ人への手紙8:39

イエスキリストを通して与えられる神様に存分に浴する安息日であることを祈る。

聖書研究ガイド21年 3期 第1課

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