聖所

知らないことばかり

今、聖書の知識が乏しい自分に気付かされその分色々なことを知りたい知識欲にかられている。今日も教会でしばらく瞑想しているときに、ある非常に基本的なことに気づかされた。クリスチャンとしては当然知っておかなくてはならない初歩の初歩、ということだったのでそんなことも勘違いして信仰生活を送って来たことが恥ずかしくここではそれが何であったかも書くことも憚れる。

先日祈祷会にお越しになったYさんという方が話しておられたことを自分なりに考え聖書を開いているのだが、分かったようになっていたことが質問されることで十分な理解をしていないことに気づかされている。Yさんが質問されていたことの中心テーマは「人の救い」だった。「血」や「霊」、「魂」などいくつかのキーワードを挙げておられたが、自分はこの質問に対してYさんの聖書理解が進んでいることから「聖所の奥義」を通して人の救いを説明した。が、回答してしばらくすると自分の聖所に対する理解があやふやなのではないかと疑問を持つようになった。実際よく理解できていないところがある。なのでもう一度聖所について最初からきちんと調べ、学んでみようと思い始めたところである。

聖所

天にある「聖所」の雛形として地上に聖所を造るよう、神様はモーセに命じた。

そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。
(ヨハネの黙示録1:12,13)

出エジプト後、約束の地であるカナンに到着するまでの間にこの命令が下された。その寸法や造り方、それぞれの素材や祭具について間違いの無いよう細かい指示を与えた。また聖所で奉仕をする祭司の働きや装束などについても細かく言及している。

本来聖所の役割は

(1)神様が住まわれる
(2)人々の罪を清める
(3)神へのささげ物を収める

であった。

特に罪の清めという役割は非常に大きく、祭司の「日毎の奉仕」は罪の清めに関する儀式に従事することであった。ちなみにレビ記によれば祭司の「日毎の奉仕」は

(1)朝夕のささげ物
(2)七支の燭台の管理
(3)個人的なささげ物に関する儀式
(4)香の祭壇の管理

であった。

同様に年毎の奉仕は選ばれた大祭司しか行うことができずその内容は

(1)聖所、至聖所の部屋の清め
(2)神の民と祭司を清める
(3)アザゼルの山羊に罪を移す

まだまだ聖所の真理、奥義を理解できていないが不思議なことにそれらをずっと考えていると礼拝説教でヒントとなる聖句が与えられたり、聖書通読で読んだ箇所に答えが書いてある。聖霊様が求めるものに真理を与えようとしておられることがよく分かる。奥深いが探求する価値のあることだ。

2021年10月2日 「執事ステファノの殉教」 安息日礼拝LIVE配信

メッセージは16:40から

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