叫び

助けを求める

昨夜遅くに長男から連絡があった。その少し前までメールでやり取りをしていたので何事かと思った。「この問題の解き方が分からないから解説動画を作って送って」とメールが送られてきた。長男が持っている問題集、参考書と全く同じものを自分の手元に揃えている。いつどのような質問が来ても「何ページの何番」と言っただけで通じるように揃えた。沖縄の県立高校の過去問がとにかく厚くて重い。どこの県立高校も同じなのかもしれないが問題数の多さに閉口する。問題は決して難しくないが、10番までを全て解こうと思ったらかなりスピードをあげないといけない。自分でやりながら「これを長男に解かせるのは気の毒だな」と思ってしまう。

今まで色々な解説動画や学習まとめの動画を作って来たが昨晩の長男はかなり切羽詰まっている状態だった。一緒にお祈りしたり励ましの言葉をかけたりメールで送ったりしているが本人の心にどれだけ届いているかは分からない。

この熱心さで

自分も受験生時代息子のようだった。合格に繋がることなら何でもしようと思ったしどこまでも自分を追い込むことができた。しかし受験も終わり社会に出て色々な経験をする中で、本当に大切なものが徐々に分かるようになってきた。受験生だったあの頃、合格に向けて何でもする熱心さがあったがその熱心さで神様を求めていたら自分の人生は大きく変わっていたと思う。そして少し遅くなったが、今からでも受験生だった頃を思い出して神様を熱心に求め続けて行きたいと思っている。

SOS

それにしても、学校の先生がすぐそばにいるのに自分のような者に質問してくるのだからかなり追い込まれているのだろう。長男が大学受験するぐらいまでなら物理や数学なら何とか教えることはできるかもしれない。もしかしたら大学の偏微分方程式ぐらいは教えられるかもしれない。しかしそれより難しくなれば無理である。限界がある。

今回長男は限界のある父親に助けを求めてきたが、無限の力をもった神様に頼ることを教えなくてはいけないと痛感した。受験は通過点である。でもこの通過点で「何に頼るのか」「何に対して叫ぶのか」を明確にしておくことは今後の人生を歩むなかでとても大切なことだと思う。

ある牧師の1日【クリスチャンVlog】#4

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