それぞれの再臨

簡易保険

就職して間もない頃、人の良い郵便局のおばさんに勧められ簡易保険(養老保険)に入った。毎月の掛け金が15,000円程度の所謂貯蓄型の保険である。それが数年前に満期を迎えたので再度継続して入ろうとしたところ断られてしまった。以前投稿したように屋根から転落して慢性硬膜下血腫で手術を受けたことがあったがこの時に保険金を請求し受け取った。これが良くなかったようである。かんぽ生命の世界ではこれを「ペナルティー」と呼ぶらしいが保険を受け取ると一定期間簡保には加入できないとのことだった。保険というものがそういうものなのかと半ば諦めていたが、数ヶ月後急に保険の勧誘員から電話があり「保険に入れるかもしれないから今から手続きをしたらどうか」と声を掛けてもらった。今思えばちょうどこの頃からかんぽ生命の不正が次々と問題になり金融庁からも改善命令が出ていたので、それも関係しているのかとも思った。が、生活も変わり自分に保険を掛ける経済的ゆとりもなくその時は丁重に断った。今思えば無理してでも入っておけば良かったのかもしれない、という思いと不正の簡保には2度と入らないと決心していたので入らなくて正解という気持ちの両方がある。自分に何かがあった時に家族に残せるものが無いかと探しているからだ。自分はまだ若いつもりでいるが、色々なところにガタがきている。膝は半月板の損傷で注射を受けないと痛みがひどい、バイクで手首を捻ったが一向に治る気配がない(怪我をするとなかなか治らない)、肝臓や腎臓に問題があり薬をのみ続けている、老眼に加えて極度の乱視等々。もうポンコツである。寿命まで生きたとしても長くて30年。でも残された時間はそれよりも遥かに短い気がしている。うちは両親ともにガンになっている。父は2回ガンを患っているので自分がガンで亡くなる可能性は高い。でも交通事故や不慮の事故などいつどこで人生が終わるかわからない。できることなら自分がしっかりしているうちに退職して退職金をきちんと家族に渡せるまでは生きていたい。

再臨の時

聖書によればイエスキリストは間も無くこの地上に私たちを迎えるためにおいでになる。自分が中学生の時に「現代の預言者」と呼ばれる方が3名の日本人を前にして「あなた方のうち生きてイエス様の再臨を迎える人がひとりいる」と言ったという。そのうち既に2名は亡くなっており残ったひとりも90歳を超えるご高齢だったので「イエス様の再臨は5年以内」と勝手に決めていた時期があった。あれから45年が過ぎたがイエス様はまだこの地上に来られていない。いったいいつイエス様はこの地上にきて私たちを天の御国に迎え入れて下さるのか、そもそも本当に来て下さるのかと疑問に思ってしまう。しかし、よくよく考えてみると人は亡くなってからは眠った状態になるので、亡くなった次の瞬間がイエス様の再臨の瞬間になる。そう考えると自分が生きてイエス様をお迎えできないないとしても、30年以内にはイエス様の再臨があるということになる。私にとっての再臨は私のこの世の寿命の時なのである。長くて30年。もしかしたら今年かも知れない。

つーぐーの話

沖縄の中学校で働いていた時に出会った「つーぐー」。彼は自分の親戚でもある。つーぐーのお父さんと自分の義兄が兄弟である。クラリネットとバイオリンが上手で芸術的才能に恵まれていた。屈託無くなんでも話してくれ、嘘や隠し事が大嫌い。正直で誠実、そしてどこまでも人を信じ続けるお人好し。自分に与えられた責任は最後まで果たす愚直な生徒だった。特につーぐーの笑顔は天使のようで話していいるとこちらが励まされる。一緒にバイオリンを弾いて沖縄のいくつかの教会を演奏して回ったこともあった。でも、彼は30歳になる前に亡くなってしまった。色々な病気が重なり命を落としたのである。「なんで?神様何故ですか?」と何度も祈り叫んだ。6年前の1月23日はつーぐーが亡くなった日なのだ。この日が来るたびに「つーぐーにとっては2015年1月23日が再臨の日なのか」と思う。悲しい別れではあったが、イエス様が再臨された時には全ての病が癒されて元気になったつーぐーのあの笑顔に会えることだけが希望である。再臨の時は間も無くであることはわかるがそれがいつなのかは分からない。しかし自分の地上生涯の最期を想像すると遅くともあと何年後にイエス様の再臨があるかがなんとなくイメージできる。イエス様を今日お迎えできるよう毎日の準備を怠らないようにしたい。つーぐーがそう教えてくれる。

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