セルフネグレクト

患者さん事情

今日は日曜日だが診察日なので出勤。しかし今日は比較的空いていた。時々待合室を覗くがレギュラーの患者さんが来ていないと調子が悪いのでは無いかと心配になる。本当は調子が悪い人が来るところなのだが。詳しいことは分からないが、素人目に見て本当に治療が必要な人は恐らく半分もいない気がする。本当に調子が悪ければもっと大きな病院に行っているだろう。患者さんの6割はご高齢の方で、その中にはお子さんが県外に出ている方もいらっしゃる。県外のお子さんが自分の親を心配して毎日医院に行くようにしている例も良くある。こちらは外来患者さんも送迎するので電話をかけて自宅で待機しているだけで事足りるのである。遠方に住む子どもにとっては安上がりな安否確認である。しかもうちの医院は朝9時から正午まで、午後2時から午後5時まで、午後6時から8時までの長時間開院の医院なので利用しやすい。こちらに勤めるようになった当初は、必要のない人が利用していることに違和感を感じていたが最近はこれも大切な医療のひとつなのかも知れないと思うようになってきた。自分の親も、超高齢のふたりが綱渡りのように生活している。姉が仕事の合間に面倒を見てくれているが距離も離れているのでそれほど頻繁に様子を見に行けるわけではない。そのようなとき、近くにふたりの健康状態を含め様子を見てくれる人がいれば凄く助かるし安心できる。うちの医院はまさにそのような社会のニーズにも応える側面も持っていると言える。

誰にも知られずに

昨日、いつもチャンネル登録をして視聴しているyoutubeチャンネルで衝撃的な動画を観た。特殊清掃の現場を手伝いながら取材をするものだったが、まだ若い50代の男性が誰にも知られずに亡くなっておりしばらくしてから発見される現場の様子だった。セルフネグレクトの定義はご高齢の方を対象とした言葉のようなのでこの50代の方には当てはまらないのかも知れないが、状況からいえばやはり自分のことができなくなっているのでセルフネグレクト同様のケースであると言える。以前にもこのチャンネルでは特殊清掃の現場を取材していたが今回もそれに続く第二弾として非常に衝撃的な内容だった。視聴するうちに途中から「これは人ごとではない」と思うようになった。自分も一人で暮らすようになってしばらくになる。昨年は仕事もしていなかったので亡くなっていても誰にも気付かれない状況だった。今は仕事をしているので出勤しなければ何らかの連絡があるだろうし連絡がつかなければ自宅まで誰かが訪ねてくれるだろう。万が一亡くなっていても1週間放置されることはないと思う。が、金曜日、土曜日が休みなので木曜日の仕事が終わってすぐに事切れてしまえば日曜日の昼ごろまでは発見されない可能性がある。

コロナ

動画の中でもコメントされているがコロナ禍で外出がままならないため自宅でひっそりと誰にも看取られずに亡くなっていくケースが増えているという。命の灯火が消えていく恐怖と孤独の恐怖が同時に襲って来る。そのような耐えられない状況をたったひとりで迎えることがどれほどのことなのか。想像しただけで恐ろしくなる。昔、マザー・テレサの紹介番組を見たことがある。孤独と死期の恐怖を少しでも和らげるようにと「死を待つ人の家」というものを彼女は作った。断末魔でもシスターたちが手を握り「大丈夫だよ」と言い、寄り添うことでひとりではないことを悟らせるそうだ。今はコロナ禍で寄り添うことも場合によっては許されないことがある。それでもひとりではない、決してひとりではないと言ってくださる天の神様がそばにいてくださることを自覚できたらどれほど良いだろう。

モザイクなし】大量の生活ごみに埋もれた孤独死の現場を特殊清掃~原状回復までに密着

 

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