避難所

ふたたび地震

昨晩遅くに岩手県沖を震源とする地震が発生した。16日の宮城県沖の地震とは震源も260kmぐらい離れているということでその関連性は不明とのことだがやはり地震が続くのは大きな不安になる。戦争、疫病、地震など世の終わりの条件は殆ど揃っている。いよいよ時がきたことを感じる昨今である。ウクライナの戦争も一向に解決への道が開かれず、その間にも尊い命が奪われていくことに焦りと失望を感じる。その中にあって、ウクライナの各家庭やマンションの多くに地下シェルターが設置されていることに驚かされている。古いものは大戦中に作られているものかもしれないが、ニュースでも当たり前のようにシェルターに避難する様子などが映し出されている。日本でも3.11以降シェルターの需要が高まってきていると聞くがそれでも全ての家庭にもれなくあるものではない。日本のワールドネット・インターナショナルという会社のシェルターが世界から注目されているという。その名も「最後の砦」。なかなか素晴らしいネーミングだと思う。これがダメなら人類全てダメ、という直接的なメッセージが込められている気がする。

もだし、耐え忍び

今朝、聖書通読をしている時間に「今日の御言葉」が配信されてきた。今朝は詩篇46編。

神はわれらの避け所また力である。 悩める時のいと近き助けである。」
詩篇 46:1 口語訳

先日の地震以来枕元に行くつかの避難グッズをおくようにした。懐中電灯やラジオ、寝袋、コンロ、非常食と水などが入ったバックパックである。バックパックの横に一人用のドームテントも置いておいた。また、まだまだ青森は寒いのでダウンジャケットもそばにおいて寝るようにしている。先日の地震で、実際に避難しないといけないのではないかと思った。この土地に来て1年が経とうとしているが、避難所がどこなのかが分からない。恐らく近くの学校などだと思うがそれすら知らない。が、本当に避難が必要になったら、自分が避難する前に職場に行って入院患者さんの避難を助けないといけない。

何れにしても、安全な場所に身を置き危険な状況が過ぎ去るまでそこで待機しなくてはならない。普段とは違った不自由な生活を強いられるかもしれないが、それが安全な場所であれば他にいってはいけない。

午後からオンラインの礼拝を視聴していたが、朝与えられた御言葉とまったく重なるメッセージが語られていた。まさに自分に対するメッセージなのだと確信した。オンライン礼拝の聖書箇所は詩篇37篇であったが、主に信頼して主の元に逃げ込み主の時を待つ、という内容の話だった。非常に慰められた。
神様のみもとこそ真の意味で「最後の砦」なのだと信じている。

1悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。
不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。
2彼らはやがて草のように衰え、
青菜のようにしおれるからである。
3主に信頼して善を行え。
そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。
4主によって喜びをなせ。
主はあなたの心の願いをかなえられる。
5あなたの道を主にゆだねよ。
主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、
6あなたの義を光のように明らかにし、
あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。
7主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。
おのが道を歩んで栄える者のゆえに、
悪いはかりごとを遂げる人のゆえに、心を悩ますな。
8怒りをやめ、憤りを捨てよ。
心を悩ますな、これはただ悪を行うに至るのみだ。
9悪を行う者は断ち滅ぼされ、
主を待ち望む者は国を継ぐからである。
10悪しき者はただしばらくで、うせ去る。
あなたは彼の所をつぶさに尋ねても彼はいない。
詩篇37:1-10

 

23人の歩みは主によって定められる。
主はその行く道を喜ばれる。
24たといその人が倒れても、
全く打ち伏せられることはない、
主がその手を助けささえられるからである。
詩篇37:23,24

 

34主を待ち望め、その道を守れ。
そうすれば、主はあなたを上げて、国を継がせられる。
あなたは悪しき者の
断ち滅ぼされるのを見るであろう。
詩篇37:34

2022年3月19日 「主は我らの避け所」 安息日礼拝LIVE配信

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