人生の最短距離

遠回り

2点間を結ぶ直線はその間の距離といい、2点の最短距離であると学校では教える。この理屈から最短距離は直線になると考えられがちだが実際にはそうではない。例えば、地球上の2点間を直線で結んだ時、それは直線ではない。お分りいただけるだろうか。地球は球体なので地表の直線は球体に沿った曲線なのである。厳密には地球上の2点間の距離は穴を掘らないと直線にはならないし最短距離にもならない。が、ここでアインシュタインは相対性理論の中でとても面白いことを提案するのである。2点間の最短距離は、その2点間を最速で移動できるルートであり直線になるとは限らない。特に重力がある場合には、重力に従って曲線を描くことが最速ルートであり最短距離であると言うのである。これは実際にその通りで現在の物理法則の基本となっている。重力に沿って曲線を描くことが最短距離だと言うのはにわかには信じがたいがこれが真実なのである。

人生においても最短距離を考えるととても深みが出てくる。

遠回りと最短距離

人生における最短距離を考えた時、すぐ思いつくのは現役合格である。高校を卒業してそのまま大学に進学できれば時間的にも経済的にも最短で効率的であると言える。22歳で大学を卒業し就職浪人することなく希望の仕事に就ければとても良いことである。例えば28歳で結婚し30歳で子宝に恵まれ62歳で定年退職する。勤続40年で表彰もされて職場を去って第2の人生を歩むのはある意味理想的かもしれない。これを最短距離と言うなら自分はとんでもなく遠回りをしてきた。現役では合格できず1年浪人し、三流大学に入って卒業後は希望の教員として採用される。希望していた高校の教員になれず中学校教員からスタート。25歳で結婚し26歳で女の子に恵まれるも29歳で離婚。その後系列の学校を転々とし40歳で再婚。ふたりの子どもに恵まれるが事情により55歳で休職。その後妻とは別居。離婚を迫られる毎日。遠回りどころではない。こう言う人生は歩まない様に、と言うお手本になってしまっている。

確かに遠回りでどうしようもない人生を生きているが、自分にとってはこれが最短距離だったと思っている。自分の悪い品性や性格。素行の悪さなどを矯正するにはこの程度の回り道は必須だったのだろう。毎日泣きながら生活しているので、自分でそう納得させないとどうしようない。何が最短で何が回り道なのかは神様しか分からないのではないかと思う。「人間万事塞翁が馬」と言うが、その通りだと思う。何が幸いで何が不幸なのかはその人次第で決まるのかもしれない。

試練があるから苦しいけれどそのことを通して神様に対する渇望をおぼえる。困難で回り道をしている時こそ、実は神様から離れない一番安全な道を通っている時なのかもしれない。人間には神様の働きや、神様が遣わされた天使たちの働きは理解できない。しかしやがて「あ、あの時すぐに祈りが聞かれなかったのはこう言うことだったのか」と全てが理解できる時がくる。よく引用しているエレン・ホワイトという人が「教育」という本の中で次の様に言っている。

あがなわれた者はだれでも、
自分の一生における天使たちの
奉仕を理解するであろう。
生まれたときからわれわれを守ってくれた天使、
われわれの歩みを見守り、
危険の日にわれわれの頭上をおおってくれた天使、
死の陰の谷にあってわれわれとともにいた天使、
われわれの最後のいこいの場所に
目をとめていてくれた天使、
よみがえりの朝まっさきに迎えてくれる天使・・・
この天使と語らい、
自分の一生における神の摂理と
人類のためのあらゆる働きにおける
天の協力について話を聞くことは
どんなにすばらしいことであろう。
人生の経験におけるあらゆる複雑な
問題はその時明らかにされるであろう。
われわれの目には混乱と失望、
目的の破壊や計画の妨害としか
みえなかったことが、堂々たる
圧倒的な勝利の目的、
天との調和であったことがわかるであろう。  

エレン・ホワイト  教育P356

自分にとっては嵐の毎日であるが明日は少し晴れ間が見えないかな、と期待もしている。すると更に激しい嵐がやってくることもあるがいつかきっと遠回り人生に晴れ間が見える日を祈りながら少しずつ進める方に進んでみようと思う。

次男が幼稚園の発表会で一生懸命歌って踊った曲「にじ」。このうたを聞いただけで次男の一生懸命な姿が思い出され涙が出てくる。

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