問題児?

 

 赴任して最初に与えられた校務分掌の一つが中学3年生の副担任であった。記憶が曖昧ではあるが46名の生徒がいた。男子20名、女子26名。男子はいつも穏やかで信仰心に篤く誠実な生徒がほとんどだった。これに対して女子26名がとにかくうるさくて授業中などは学級崩壊寸前の状態。女子と言っても26名のうち13名は非常に大人しく学習にも実直に取り組むタイプの生徒。それに対してもう一つのグループの13名は常に賑やかで問題を起こすこともよくあった。

 新卒の私などは彼女たちの格好のターゲットであった。「先生、私の枕に縫い針が仕込まれていました」と泣きながら訴えてくる生徒。こちらも色々と調べ他の生徒からも情報を集めたが結局彼女の虚言であることが発覚。授業中も「先生の授業つまんなーい」「全然わかりませーん」などと言われる始末。当時はまだ鬱という言葉を知らなかったが自分の心が弱っていくのを感じた。出勤にため家のドアを開けようとするがどうしてもそれができない。自分がおかしくなっていくような気がした。唯一の救いが天使のような20名の男子。彼らが「先生大丈夫?」「気分転換にサッカー野郎」と誘ってくれた。彼らと良い方の13名女子がいたから何とか出勤できた。

 何の問題だったか忘れたがこの13名が一斉に問題を起こし全員自宅に帰し謹慎処分としたことがあった。まだ生徒からも受け入れてもらえていない自分が生徒を連れて彼女たちの家に行き親御さんに事情を説明し反省を促すのである。保護者面接もしたことがない自分が赴任一ヶ月で生徒指導で家庭訪問。絶対にあり得ない、と泣きたくなる思いで一旦自宅に戻り準備をした。そして急いで身支度を整えて家を出たら家の前にあの怖くて愛情深い教頭先生の車が。

 「乗りなさい」と言われ車に乗り込むと「君のホームルームなんだから君が親御さんにきちんと話しなさい。そして自分の気持ち、特にお子さんに対する君の愛情を伝えなさい。私はオブザーバー兼運転手で一緒に行くだけだから」と言ってくださった。不安で不安で仕方なかったから一気に涙が溢れて来た。今の時代、「怖い」というだけで敬遠してしまう若者が多いと聞くが怖さの先に深い愛情を持って育てようとする上司もいる。幸運なことに自分はそのような上司に巡り会えた。

 それからも色々な問題を起こす13名だったが私自身の気持ちをきちんと伝えることで少しずつ彼女たちの距離が縮まった気がした。

 2学期のある日この13名が私のところにきた。一人一人との距離は縮まった気がしていたが集団となるとやはり威圧感はあった。「あんたが言いなよ」「なんで私なの?あんたでしょ」などと小声で話していたが一人の生徒が「実は」と話し始めた。自分たちは確かに問題児だけど自分たちもどうして良いかわからないでいる、先生たちが私たちを問題児と決めつけるから余計に反抗して来た、先生(私のこと)は私たちのことを問題児と見るのかそうではないと見るのかずっと試して来た、だから今まで辛く当たってすみません、という内容だった。

 彼女たちが叫んでいたこと、分かって欲しいと訴えていたことに全く気づいていなかった自分を恥じた。そしてそのままを話し彼女たちを問題児と見ていたことを謝罪した。しかし先輩の先生方は決して君たちを問題児として見てはいなかったことを付け加えた。実際、彼女たちに対する指導方針を考える会を何度も持って来たが先輩の先生方から彼女たちを排除する発言は全くなく「まだ何かできることがあるはずだ」とみんなが真剣に話していた。そのことを彼女たちに伝えたら驚いた表情で口を開けながらも一人またひとり涙目になっていた。

 誰もが自分を分かって欲しい、と思っている。それは生徒だけでなく大人だってそう。そして人を育てる、特に方向性を変えることができるのは愛情だけであることもこの時学んだ。教員生活半年で最も大切なことを全部教えていただいた。勿論その後このホームルームの雰囲気は見違えるように良くなり最上級生として下級生から尊敬され慕われる存在となっていった。元々の問題児なんていない。ただ彼らを見る目が悪意なら彼らを問題児にする。