思い出すと笑ってしまう出来事

 大学生に入学するとすぐに教会の牧師先生から青年会の責任者になって欲しいと言われた。青年会長というものだ。どこの教会にも性別や世代などでグループがあるが私の行っている教会では30歳までを青年会というグループに分ける。当時教会の青年会メンバーは季節参加者も含めると30名ぐらいいた。レギュラーはその半分ぐらい。頼まれたのでその青年会長という役を引き受けた。何をして良いのか分からないのでとりあえず礼拝以外の日(私の行っている教会は土曜日が安息日で礼拝日)にも集まって聖書研究や日頃の出来事を分かち合うプログラムを持った。また修養会と称して夏はキャンプ、春は伊豆大島に渡って聖書の勉強会をした。

 同じ教団の教会が関東だけでも20ぐらいありその殆どに青年会が組織されていた。一つの教会だけでなく関東の教会に集う青年が一堂に会す組織をつくったらより充実したプログラムを持つ事はできるのではないかという話になり、先輩である横浜の教会の青年会長がこの組織のリーダーになった。そして何も分からないまま私が副リーダーになってしまった。活動も多岐にわたっていた。教会に来やすいようにとスポーツ交流会や音楽会、夏に行っていた修養会は100名を超える参加者で賑わった。冬はスキー修養会、クリスマスのキャロリングで表参道をねり歩き、本職のシェフを招いてイヤーエンドパーティーなども行った。一つの教会の活動とこの関東全体の青年会活動共に充実していた。

 スポーツ交流会の一環としてテニストーナメントを提案したのはリーダーの山口さん(男性、実名)。どうせやるなら本格的にやりたいということで色々な部門に分けてそれぞれの優勝と準優勝を表彰する事になった。この山口さん、思いつくのはいいけれど実働部隊は常に私を指名する。会場となるコートは教会が所有しているので問題ないがその他のものは全て私が調達する事になった。差し当たってトロフィーと楯を準備しないと銘板を作るのに時間がかかる。今みたいにネットで検索できる時代ではない。自分の勘ピューターでトロフィーを扱っているお店を必死に思い出した。そう言えば小学生の頃電子部品を買いに神田の方に行っていた御茶ノ水に向かう坂の途中にトロフィーを扱う店があったことを思い出した。とりあえずお茶の水に行ってみた。

 昔のままの佇まいでその店はあった。早速幾つかのトロフィーと楯、それにつけてもらう銘板を注文した。こちらが学生だと分かったためか邪険に扱われた。私も少々気分を害したが個人の客ではなく教会のメンバーとして来ているのでぞんざいな態度も取れない。出来るだけ丁寧に受け答えをして注文完了。一週間ほどで仕上がるので取りに来るよう言われた。正直な気持ちを言うと邪険に扱われ心も折れかかっていたので受け取りに行くのは山口さんにお願いできないかと考えた。

 電話で注文が完了したことと一週間後に出来上がること、そしてそれを山口さんが取りに行くことを伝えた。「何で東京にいる君が行かないで横浜の僕が行くのか」と叱られた。付け足しとして、注文した楯の一つは今回の企画のものではなく山口さんが個人的に作ったものらしい。で、領収書を分けるようにと面倒な指示まで頂いた。仕方がないので一週間後、引き取りに行った。対応したのはまたあのおじさんだ。憂鬱な気持ちになった。

 商品を受け取り確認を済ませて

「領収書をお願いできますか?」
  と言うと想定内の返答。

「え、領収書いるの?ったく」
 すみませんと恐縮しながらお願いした。

「で、宛名は?上でいいの?」。
言い忘れたが関東の教会が集まった組織を「関東連合青年会」という。なんとも仰々しい名称である。

「すみません。宛名は一枚を関東連合青年会に、そしてもう一枚を関東連合青年会山口宛でお願いします」

と言った途端におじさんの表情が明らかに変わった。

「あ、間違えた。これ値引き前の値段だ。お客さん、割引しておきますね。」

「それと山口の後に組はつけなくていいですか?」

明らかに任侠的な集団と勘違いしている。それからお店を出るまで終始媚びるような笑顔で対応してくれた。キリスト教会の組織で関東連合青年会、やはりそぐわない気がする。35年以上前の話だが今でも思い出すと笑ってしまう。

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