聖書

通読

教会のおばあさんから教えていただいたことが励みとなり、今年2021年5月8日より聖書通読を始めた。9月3日に1回目を終え、翌4日より2回目の通読を始めた。1回目は口語訳だったので今回はリビングバイブルを読むことにした。教会の中では何となく正式な聖書と認知されていないところもあるが個人で読むにはとても分かりやすい。逆に、口語訳では非常に重みのある言葉として暗唱していたところも読み飛ばしてしまうほど軽い印象で書かれているところもある。何れにしても今年は今まで一度もできなかった聖書を2回完読できたので今後の励みになることは確かである。予定では今度は「新改訳聖書」を通読するつもりだったが間に合わず手元にないため、若干苦手意識がある「新共同訳」に挑戦してみようと思っている。

心に残った言葉

リビングバイブルは日常的な言葉を用いて訳しているので心にささることが多い。色々な言葉を思い出しているが、その中でも印象に残っているのが詩篇のことばである。神様ご自身が「頼みとしてほしい」と招いてくださっていることは勿体無いことである。

「わたしが求めているのは、真心からの感謝、 わたしへの誓いを果たすことである。 苦難のとき、わたしを頼みとしてほしい。 そうすれば、わたしは助けの手を差し伸べ、 あなたがたはわたしをほめたたえるだろう。」
詩篇 50:14-15 (リビングバイブル)

パンのみによって生きるにあらず

毎日ゆっくり聖書を読むことで、自分が御言葉によって養われていることを実感する。

聖書には
「それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。」
申命記 8:3 口語訳
と書いてある。

神様の息によって生きるものとなった人間が、日毎に命の御言葉で生かされる。神様を離れては存在することも生きることもできないことを肝に命じていたい。

Tell Me the Story of Jesus | Songs and Everlasting Joy

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