聖書

終末

各種SNSには終末に関する警告が溢れている。また終末予言も多く見かける。少し前のことではあるが「わたしが見た未来」という漫画(たつき諒さん作)話題になり近頃最新版が出版された。話題になったのは3.11やダイアナ妃の事故などを予言についてであった。今回出版された新版には「本当の大災難は2025年7月にやってくる」と帯に記されている。2025年は色々な意味で節目の年である。例の大阪万博が開催されるのが2025年、そして昭和100年問題も2025年。数名の「自称予言者」さんたちも2025年に何かが起こることを予言、警告している。実際、この年に何かが起こるのだろう。しかし、それに対してどのような備えをすべきなのか或いは何が自分を守ってくれるのかは誰も教えてくれない。

また終末論を発信するYoutuberの多くが引用ソースの一つとして聖書を用いる。聖書を文脈で読んでいないためかかなり大胆というか「少し違うのではないか」と思う解釈をしている。解釈だけではなく聖書に書かれていないことも付け加えて「聖書が預言している」と言っている人もいる。情報が錯綜する中で、多くの人がこの地球も終わりが近づいていることを何となく気づいている。しかし、あまりにも恐ろしすぎるので「普段と何も変わりません」というそぶりで日常生活を続ける。

預言

聖書は神様の愛を記した書物である。文学、歴史、教え戒めなどが含まれる中に「預言」もある。「予言」ではなく「預言」である。神様から受けた言葉や啓示を「預かり」記したので「預言」である。ダニエル書、ヨハネの黙示録があると言われるが勿論その要素も多分にある。が、例えばダニエル書のテーマは「神様と共にいること、祈ること」ではないかと思っている。ヨハネの黙示録もイエス様が自分のために何をしようとしてくださっているのかがよく分かる愛の書である。一方、聖書に馴染みのない方からは「預言書」として評価されることが少ない「イザヤ書」や「詩篇」にも多くの預言が記されている。これから起こることをその時代や個人、国に宛てて記すことで危険を回避しようとされたのは神様ご自身である。そして2023年から先の地球や世界がどのようになっていくのかも記されている。

聖書を読ませない

聖書には真理ばかりが書かれているので、サタン(悪魔)はこれを人類が読むことを極端に嫌う。そのため、聖書を人々に読ませないようにしてきた。また聖書を読んでもその価値を低め「価値のない本」と評価するよう人に仕向けた。また、とても悲しく残念なことだが聖書自身が人や教団教派を分断させた。

ローマ教会は聖書を解釈する権利を、聖職者のものとして保留してい る。神の言葉は、聖職者だけが説明することができるという理由のもと に、一般の人々には与えられていない。宗教改革によって聖書は万人の ものとなったが、ローマが主張したのと全く同じ原則が、プロテスタント諸教会の多くの人々が自分で聖書を探究するのを妨げている。彼らは、教会によって解釈されたものとして聖書の教えを受け入れるように教え られる。そのために、どんなに聖書の中にはっきり示されていても、自 分たちの信条に反するものや、自分たちの教会によって確立されている 教えに反するものは、あえて受け入れようとしない人々が何千といるの である。
各時代の大争闘電子版p597 ただ一つの防壁 聖書

ただ、聖書のみ

しかし神はこの地上に、聖書、そしてただ聖書だけをすべての教理の 基準、すべての改革の基礎として保持する1つの民を、お持ちになるで あろう。学識者の意見、科学の推論、教会会議の定めた信条や決議(これ らは、教会の数が多くてその主張も違うように、おびただしい数にのぼ って内容も千差万別である)、大衆の声、― これらのうちの1つであれ 全部であれ、それをもって信仰上の事柄に関する賛否の根拠と見なして はならない。どんな教理や戒めでも、それを受け入れる前に、「主はこう 言われる」という明日な事実をその裏づけとして要求すべきである。
各時代の大争闘電子版p596 ただ一つの防壁 聖書

One Voice, One Mission – Golden Angels

 

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