あとの者が先になり、先の者があとになる

職場の様子

30年を超える教員生活をしていたので関わった生徒の数は多い。自分の働いていた職場は比較的規模の小さな学校ではあるがそれでも授業で関わった生徒、担任した生徒などの総数で言うなら3000人は超えている。これだけの人数なので色々な個性が揃っていた。また卒業後もそれぞれのビジョンに従った歩みをし千差万別である。先日も日本でもかなり大きく有名なプロテスタントのある教会で主任牧師をしている卒業生を見つけ驚いた。また、現在自分がお世話になっている職場にも卒業生が2名いる。ひとりはリハビリや看護助手を担当するO君。年齢は自分より10歳ぐらい若いがこの職場では大先輩である。いつも「お疲れ様です」「ゴミを集めて良いですか」と敬語で話しペコペコと頭を下げながらこの卒業生に接する。またもうひとりは7月からこの職場に転属になったK君。中学校時代に担任した生徒である。彼はこの病院の事務長的な立場なので上司に当たる。今日もK君から「悪いんだけど、患者さんを送ったあとに買い物をして来てくれないかな」と頼まれた。彼は営繕や物品の運搬、買い物などをすべて自分に依頼してくる。「承知しました」と返事をして指示に従う。時々周りの職員から「K君もO君も卒業生で教え子ですよね。よく頭を下げたり敬語で話したりできますね」と聞かれる。自分にはそう言うことを気にする心のゆとりがない。また卒業生をいつまでも教え子と思って下に見る気持ちもない。何を言われても、何を命令されても嫌な気持ちにはならない。

教え子にお世話になって

先日、YouTubeを何気なく見ていたらとてもわかりやすく聖書を解説するチャンネルを見つけた。チャンネル登録をして何本も視聴しているうちに、教義的に自分の教会の教えに似ていることに気づいた。ただ誰が運営しているのかも分からなかったので「誰がやっているのかな?」と思いながら視聴を続けていた。昨日、顔出しで解説している番組を見つけ、それが卒業生のKa君夫妻であることが分かった。一瞬「あのKa君が?」と思ってしまった。実直で素直な青年ではあったが音楽にしか興味がない生き方をしていて神様を求める雰囲気の方ではなかったのでそう思ってしまった。YouTubeでは多くの卒業生が自分のチャンネルを開いてイエス様をそれぞれのタラントに合わせて紹介している。かつての生徒ではあったが今は彼らのチャンネルを視聴して聖書の学びをさせていただいている状態である。これがまた非常にうまくできているので分かりやすい。

聖書には次の言葉がある

このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう」。
マタイによる福音書20:16

まさに教え子から教えてもらう、あとのものが先になり先のものがあとになる経験をしている。これも決して悪くない。神様からの祝福だと心から感謝している。

字幕3分朗読「暗闇の中でキリストの声を聞く」

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