我がゆく道、いついかに

思い出

自分のスマホには「写真」と言うアプリがあり過去の写真が日替わりで画面に表示される。1ヶ月前や一年前の今日の写真などが表示される。これが自分を今の現実から急に幸せな過去に引き戻すので涙が出てしまったり、懐かしさにため息が出てしまったりする。今日は1ヶ月前の写真が急に表示された。広島市内のアパートを引き払う直前に撮った写真だ。荷物を全部片付け綺麗になった部屋を撮影した。日記を読み返してみたら、3月25日はまだ青森に行くことが決まっていなかった。一度そのような話があったが給与の面で折り合いがつかず断ったと25日の日記に記してあった。1ヶ月前には自分が青森で病院のドライバーをしていることなど想像できなかった。毎日患者さんの送迎をしてドアの開け閉めをして戸口で「お疲れ様です」「ご利用ありがとうございます」「お大事になさってください」と頭を下げ、また少し遅れたりすると文句を言われるがそれに対しても終始笑顔で「申し訳ありません」と頭を下げる自分を想像することはできなかった。運転が全て終了したところで病院中のゴミを集めていることを誰が想像できたであろうか。病院だから感染ゴミという危険なゴミも処理する。それも全て自分がやる。入院病棟や処置室、透析病棟に行って「失礼します」と言ってゴミ箱に手を入れてゴミを拾い上げ回収する姿を1ヶ月前には想像できなかった。勿論最初は子どもの学費を作るためにどのような仕事でもさせていただくという気持ちでここにやってきた訳だが、いまはイエス様が仕える人になることを教えてくださったのでその模範にしたがいたくやっている。少なくとも5年前の自分とは全く違う仕事をしている。人間、どのようにでも変わるものだと思った。

今朝の礼拝

今朝は早朝に透析の患者さんを迎えに行かなくてはならず早朝出勤したが、朝の礼拝に5分遅れで戻って来ることができそのまま礼拝に参加した。今日は院長先生のお話だった。途中からだったので内容の全ては分からなかったが、現在病院になるM.R.I.の調子が思わしくなくこれをリース交換するために業者と話し合った時のことを礼拝で紹介してくださった。院長先生は現在72歳。リース会社は言いにくそうにしかし明確に「今後先生もいつまでこの仕事を続けられるか分からないので」とリースに対して慎重な意見を述べていたとのことだった。院長先生も「10年後医師を続けていられるか分からないのは勿論だが明日この命が取られるかもしれない状況を毎日過ごしている」とお話しくださった。その通りである。私たちの誰一人明日の保証はないのだ。明日生きているという保証はないのである。自分の尊敬する先輩で中学生の時に大変お世話になった方がおよそ1年前に急逝した。昼まで児童と一緒に遊んで汗をかくぐらい運動をしてその後の昼休みに少し休んでいる時にそのまま息を引き取られたのだ。神様が「お疲れ様。もうここまででいいですよ。世の終わりの大変な状況を経験しないで再臨まで少し休みなさい」と言って眠った状態にしてくださる。そのような日がいつくるか、殆どの人が分からないのだ。分かっているのは病院で命の期限を切られ闘病生活をしていらっしゃる方のごく一部なのかもしれない。何れにしても私たちは一瞬先のことまでも分からないで生活している存在なのだ。だから次の讃美歌が心の響く。

わが行くみち いついかに
なるべきかは つゆ知らねど
主はみこころ なしたまわん。

そなえたもう 主のみちを
ふみて行かん、ひとすじに

In some way or other the Lord will provide;
It may not be my way,
It may not be thy way;
And yet, in His own way,
“The Lord will provide.”

Then, we’ll trust in the Lord,
And He will pro-vide;
Yes, we’ll trust in the Lord,
And He will pro-vide.

我がゆく道

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