もう一つの大切なこと

幕屋建設

モーセ率いるイスラエルの民はそのまま進めば1ヶ月もしないうちに到着するであろう約束の地カナンに行くのに40年もかかった。その間、神様はイスラエルの民を教育し、この民族を通して異邦人にも神様の祝福をもたらすことを考えた。しかし、イスラエルの民は神様に対して不平を言ったり不従順であったり神様のご計画の通りには育たなかった。エジプトを出た第一世代の中ではヨシュア、カレブなど少数を除いて約束の地に入ることは許されなかった。そんなポンコツイスラエルだが素晴らしいと思える場面もいくつか存在する。自分が好きなのは幕屋建設の場面である。
幕屋建設には多くの職人と材料、費用が必要だった。それを集める場面だが、神様は心からのささげ物しか喜ばれないことをモーセを通して仰った。
「モーセはイスラエルの人々の全会衆に言った、「これは主が命じられたことである。 あなたがたの持ち物のうちから、主にささげる物を取りなさい。すべて、心から喜んでする者は、主にささげる物を持ってきなさい。すなわち金、銀、青銅。 青糸、紫糸、緋糸、亜麻糸、やぎの毛糸。 あかね染めの雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、 ともし油、注ぎ油と香ばしい薫香とのための香料、 縞めのう、エポデと胸当とにはめる宝石。 すべてあなたがたのうち、心に知恵ある者はきて、主の命じられたものをみな造りなさい。 すなわち幕屋、その天幕と、そのおおい、その鉤と、その枠、その横木、その柱と、その座、 箱と、そのさお、贖罪所、隔ての垂幕、 机と、そのさお、およびそのもろもろの器、供えのパン、 また、ともしびのための燭台と、その器、ともしび皿と、ともし油、 香の祭壇と、そのさお、注ぎ油、香ばしい薫香、幕屋の入口のとばり、 燔祭の祭壇およびその青銅の網、そのさおと、そのもろもろの器、洗盤と、その台、 庭のあげばり、その柱とその座、庭の門のとばり、 幕屋の釘、庭の釘およびそのひも、 聖所における務のための編物の服、すなわち祭司の務をなすための祭司アロンの聖なる服およびその子たちの服」。 イスラエルの人々の全会衆はモーセの前を去り、 すべて心に感じた者、すべて心から喜んでする者は、会見の幕屋の作業と、そのもろもろの奉仕と、聖なる服とのために、主にささげる物を携えてきた。 すなわち、すべて心から喜んでする男女は、鼻輪、耳輪、指輪、首飾り、およびすべての金の飾りを携えてきた。すべて金のささげ物を主にささげる者はそのようにした。 すべて青糸、紫糸、緋糸、亜麻糸、やぎの毛糸、あかね染めの雄羊の皮、じゅごんの皮を持っている者は、それを携えてきた。 すべて銀、青銅のささげ物をささげることのできる者は、それを主にささげる物として携えてきた。また、すべて組立ての工事に用いるアカシヤ材を持っている者は、それを携えてきた。 また、すべて心に知恵ある女たちは、その手をもって紡ぎ、その紡いだ青糸、紫糸、緋糸、亜麻糸を携えてきた。 すべて知恵があって、心に感じた女たちは、やぎの毛を紡いだ。 また、かしらたちは縞めのう、およびエポデと胸当にはめる宝石を携えてきた。 また、ともしびと、注ぎ油と、香ばしい薫香のための香料と、油とを携えてきた。 このようにイスラエルの人々は自発のささげ物を主に携えてきた。すなわち主がモーセによって、なせと命じられたすべての工作のために、物を携えてこようと、心から喜んでする男女はみな、そのようにした。」
‭‭出エジプト記‬ ‭35:4-29‬ ‭口語訳‬‬

この訴えに対してイスラエルの民は心からの捧げ物を携えて来た。奴隷生活から解放される際にエジプトから持って来たものだ。彼らは惜しげも無く心からささげた。結果、どうなったか。

「そこで、モーセはベザレルとアホリアブおよびすべて心に知恵ある者、すなわち、その心に主が知恵を授けられた者、またきて、その工事をなそうと心に望むすべての者を召し寄せた。 彼らは聖所の組立ての工事をするために、イスラエルの人々が携えてきたもろもろのささげ物を、モーセから受け取ったが、民はなおも朝ごとに、自発のささげ物を彼のもとに携えてきた。 そこで聖所のもろもろの工事をする賢い人々はみな、おのおのしていた工事をやめて、 モーセに言った「民があまりに多く携えて来るので、主がせよと命じられた組立ての工事には余ります」。 モーセは命令を発し、宿営中にふれさせて言った、「男も女も、もはや聖所のために、ささげ物をするに及ばない」。それで民は携えて来ることをやめた。 材料はすべての工事をするのにじゅうぶんで、かつ余るからである。」
‭‭出エジプト記‬ ‭36:2-7‬ ‭口語訳‬‬

多すぎるから、もう持ってこないようにと言われたのだ。ポンコツイスラエルも良いところがあるものだと感心する場面である。

教勢(きょうせい)

教会の人数や献金額、年毎のバプテスマ数などをまとめて教勢という。自分が所属する教団の教会員数は世界全体では2000万人超、日本では15000人ほどである。世界全体で見ると教勢が伸びている国も多くあるが日本だけを見たときにそれは確実に下降傾向にある。信徒数が減ることで教会に勢いがなくなり、関連する機関(学校、病院、食品事業、出版事業等々)も経済的には悪化の一途を辿っている。自分が働いていた学校も全盛期は中学生150名、高校生350名の大所帯だった。学校の規模からいえば大きいとは言えないが全寮制の学校としてはかなりの規模だった。しかし現在はこの1/3程度にまで落ち込んでしまった。よく「少子化」を理由にする人がいるが決してそうではない。少子化の現在も生徒を集める学校の勢いは凄まじい。また内々の情報ではあるがある一つの機関を丸ごと消滅させる方向もほぼ決まっているという。食品事業も縮小傾向。「時代にあったスタイル」を提唱する方が機関の方向性を決めているのだが、この方はなんでも縮小するのが最優先と考える。現状ではその判断は致し方ないところだろう。

しかし

教勢については再生をかけて多くの人が身を粉にして奔走し必死に頑張って来た。それでもダメだったのである。ただ、自分にはどうしてもまだ一つやり残していることがあるように思えてならない。イスラエルの民が祝福を受けたのがどのような時だったのか、士師の時代にイスラエルの民がどこで失敗し、どこで神様の助けをいただいたかは誰でも分かることである。その誰でも分かることをまだやっていない気がする。経済的に立て直すことの前に本気で信徒が取り組むべきことは一つだけだと思っている。
聖書研究ガイド21年4期1課

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