第一のもの

物を捨てること

自分は整理整頓が上手ではない。不要だと思っても「いつか何かに使えるかもしれない」となかなか捨てられない。あまりにも物が増えすぎたところでやっと整理を始める。物を処分する時に少し意識していることがある。通常はいらないものを選定して捨てて行くと思うが自分の場合このやり方だと物があまり少なくならない。「これは結構大事だな」と思うものを一つ選んでそれを捨ててしまうのだ。そうするとそれ以外のものがゴミのように思えてくるので結構な勢いで物が少なくなる。捨てるだけでなくオークションを使って物を処分することがある。こちらは売るつもりで出品しているのではなく捨てるつもりで出品しているので同程度の同じ商品と比べて格段に安い値段になる。だから直ぐに売れてしまう。時々思い出したように物を処分して身の回りを綺麗にしようと心がけているがしばらくするとまた物が増えてしまう。貧乏性なのかもしれない。

宝物

実際自分の周りのどれくらい大切なもの、宝物があるか探してみた。捨てられない、処分できないものリスト。

  • 聖書
  • iPhone
  • ハードディスク
  • テント、キャンプ用品
  • バイオリン
  • ロレックス
  • ライカ
  • キャノンのフルサイズ一眼とレンズ
  • ダイブコンピュータ
  • コンピュータ
  • iPad
  • Apple Watch
  • ギター
  • 三線
  • バイク

これぐらいだろうか。これ以外にも高価なものはあるが処分しても困らないものが大半だ。こう書き出してみると最低限の持ち物で暮らすことはかなり身軽になれる気がする。

昔、長男が自分が思っていることをズバリ言い当てたことがあった。「本当に大切なものって電気を使わないよね」。これは本当に同感である。今は電化製品に囲まれて暮らしが快適になっているがそれらは電気がなくなった途端にただの箱と化してしまう。防災グッズを用意しているがその直ぐそばに貴重品(通帳や保険証書など)やバイオリン、時計、ライカを置いている。もしも持てるゆとりがあれば持ち出せるように非常持ち出しのそばに置いているのである。大切な物もあるが、では物以外の宝って何があるだろうか。思い出や家族、肉親、親戚、友人、時間等々。物以上に挙げだしたらキリがない気がする。

聖書はなんと言っているか

聖書では大切なものについてどのように言及しているだろうか。

ひとりの律法学者がきて、彼らが互に論じ合っているのを聞き、
またイエスが巧みに答えられたのを認めて、イエスに質問した、「すべてのいましめの中で、どれが第一のものですか」。
イエスは答えられた、「第一のいましめはこれである、
『イスラエルよ、聞け。主なるわたしたちの神は、
ただひとりの主である。
心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、
力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。

And one of the scribes came, and having heard them reasoning together, and perceiving that he had answered them well, asked him, Which is the first commandment of all?

 And Jesus answered him, The first of all the commandments is, Hear, O Israel; The Lord our God is one Lord:

And thou shalt love the Lord thy God with all thy heart, and with all thy soul, and with all thy mind, and with all thy strength: this is the first commandment.

マルコによる福音書12:28-30

ある律法学者というからユダヤ人の中でもパリサイ派と呼ばれるグループに属する人であろう。イエスのところに来て大事な掟が何であるかを聞いている。これに対してイエスは「神を愛すること」だと教えている。神を愛するとは神を第一とする、という意味に置き換えることができる。趣味に興じるよりも神との交わりに時間を費やすこと、仕事をしながらも神を意識すること、神を中心に置いた人間関係を構築すること、これらが神を第一とすることなのかもしれない。聖書の別の場所には「あなた方は私を愛するならば私の掟をも守るべきである」と教えている。神様の人間に与えた掟、色々なものがあるがそれらは十戒という「神様が守りなさいと言った十ヶ条」に集約されている。簡単にまとめると次のようになる(カトリックやルーテル教会はこれとは違った十戒を持っている)。聖書を字義通り読んで忠実に書き出してみるとつぎのようになる。

  1. 主こそ唯一絶対の神である
  2. 偶像を作ってそれを拝んではならない
  3. 神の御名をみだりに唱えてはならない
  4. 安息日(土曜日)を覚えてこれを聖とせよ
  5. 父母を敬え
  6. 殺してはならない
  7. 姦淫してはならない
  8. 盗んではならない
  9. 隣人について偽証してはならない
  10. 隣人のものを貪(むさぼ)ってはならない

これを守ることは簡単か、難しいか。殺すや姦淫のハードルはかなり高い。情欲をもって異性を見ることは姦淫であり、人を傷つけることは殺すこととなってしまう。こうなるとかなり難しい気がする。また安息日(土曜日)を守り神を礼拝し神によって自分自身を回復してもらう生活をしている人はかなり少ないと思う。日本でこれを守っている人は1万人ぐらいといわれている。

神を第一とする人

聖書の中に出てくる人物ではなく現存する人物で神を第一としその掟を忠実に守っている人、と言われてまず頭に浮かぶのがヘルベルト・ブロムシュテット氏である。クラシック音楽が好きな方で彼の名を知らない人はいないだろう。NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者であり、現在93歳の現役指揮者である。自分はブロムシュテット氏と同じ教団に属すクリスチャンである。ブロムシュテット氏N響を振る時はNHKホールから近い私がよく行く教会に出席する。彼は安息日のコンサートであっても、教会で礼拝をすることを第一とする。N響側も世界的な指揮者だから彼の言うことには従わざるを得ないし、それ以前に彼が安息日を大事にしていることはN響自身がよくわかっている。ゲネプロは必ず礼拝後に行う。しかも土曜日の日没までは安息日なので宗教曲を中心にリハーサルを行う。徹底している。来日の際、教会で数回会話をさせていただいたことがあったがとても気さくで敬虔なクリスチャンである。サインも快くしてくださり音楽家としては勿論であるがクリスチャンとしても見習うべき存在である。第一のものを第一にする。できるようでなかなか難しい。神を第一にしたいと思いながらも人間は自分を第一にしてしまう悲しい性を持った存在だから。自分から視線をそらし神だけを見上げて生活できたらどれだけ幸せだろう。

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