埋められないもの

工作

昨晩、次男から電話があった。以前は毎日あった電話も最近は週に1、2回になった。少なくはなった埋められないもの、それでも嬉しい。電話で話せるだけで感謝すべきである。昨晩は少しの時間しか話せないことになっていた。自分の仕事の都合である。が、途中で「ヌンチャクをつく作りたいから教えて」とせがまれた。時間があれ有ればできるのだが、今日は仕事が・・・と思った。しかし仕事は夜中でもできるのでやはりこど子どもの要求に応じることにした。ネット環境が悪く、何度も途切れるカメラ機能。音声も途切れることがあり、実際にこちらでも同じものを作って説明するも上手く伝わらない。何度も失敗しながら、それでもt作り上げた。決して上手な工作ではないけど、自分一人で仕上げた作品に満足そうであった。なによりもこちらが楽しかった。手前味噌だが、この子は人を幸せにする才能がある。だから話しているだけでも楽しいのだが、一緒に作業することで楽しい時間が更に幸せな時間となった。本当にありがたい。

便利なもの

昔と違って今は顔を見ながら会話できる時代である。自分が子どもの頃、「テレビ電話」と言えば未来図の代表でこんコンピューターの前で画面に向かって話している姿を漫画でよく見たものだ。しかし、今はコンピューターどころかタブレットやスマートフォンの画面越しにテレビ電話ができる。そもそもテレビ電話という言葉自体が死語である。本当に便利な世の中である。この技術でどれだけの人が救われ、幸福になったか分からない。友人がお父様とのお別れの際、病室にいる妹さんがずっと回線を繋いでいてくれたのでオンラインで看取ることができたと言っていた。本当に素晴らしい技術である。

埋められないもの

どれだけ便利になっても、やはり生身の人の触れ合いをオンラインで実現することは今のところ難しい。できれば、子どもの手をとりながら「ハサミはこうやって持った方が楽だよ」と言ったり「よくできたね」と頭を撫でたりハグしてあげたい。

今はなかなか会えないけれど、イエス様の定める時がくれば必ずそれが可能になりことを信じたい。

そして常に「会いたい、話したい」と思っている相手、イエス様も今は鏡に映したようにその全てをみることはできないがかの日にはそれもできるようになる。楽しみである。

12わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。 13このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
1コリント13:12-13

分かっていることだけれでも、人から言われると共感できとても励まされる。素晴らしい証を紹介したい。

1 Tomoko Kioka【私と俺と神様】

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