This is my story

安息日が終わって

昔、子どもの頃日曜日の夜が怖くてたまらなかった。区立の小学校に通っていたので土曜日は半日、そして日曜日は一日休みだった。当時、祖父母や父は安息日を守っていたがまだクリスチャンになっていない母や自分たち兄弟は土曜日にも学校に行き教会には夏休みや冬休みなど土曜日に授業がない時に限って行っていた。土曜日のお昼に家に戻る時が最高の気分だった。これからずっと遊べる、そのような気持ちでこの上ない喜びに満たされていた。土曜日が終わっても日曜日がある。日曜は午前中が少年野球の練習や試合、午後からが自分の遊び時間になる。しかし日曜日の日没になり家に戻ってくると流石に少し落ち込む。明日からまた学校で勉強をしないといけない、という気持ちが自分を落ち込ませる。「笑点」を観ている時間はまだ余裕がある。しかし「サザエさん」の時間になると絶望的な気持ちになる。青森に来て仕事をするようになってから、小学時代のあの頃と同じ気持ちになっていることに気づく。土曜日は礼拝があり教会に行ける。午後も家で聖書研究、聖書通読、またオンラインでの礼拝メッセージを視聴する機会がある。しかし段々と日没が迫ってくると暗い気持ちになる。祝福された安息日がもうすぐ終わってしまう、という絶望的な気持ちである。そして明日、日曜日からまた日常が始まる。ずっと安息日だったらいいのに、と思ってしまう。

今日の恵み

今日は教会の礼拝メッセージから始まってオンラインのメッセージなど色々な説教を聴いたが不思議なことにどこでも同じ聖書の言葉が開かれていた。

あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。

 There hath no temptation taken you but such as is common to man: but God is faithful, who will not suffer you to be tempted above that ye are able; but will with the temptation also make a way to escape, that ye may be able to bear it.

第一コリント10:13

この御言葉であった。何か自分に対して神様が特別に語ってくださっているようにも思えた。

しかし、本当に世の常でないものはないのだろうか?耐えられない試練にはあわせられない、というけど本当だろうかと思ってしまう。世の中には壮絶な経験をされている方が沢山いらっしゃる。それも耐えられない試練ではない、耐えられる試練というのだろうか。自分にはよく分からない、が聖書の言葉なのでそうなのだろう。インターネットを検索していたら「ホープチャンネル」なるものを見つけた。上記の聖句がテーマになっているそれぞれの人生ストーリーが紹介されているものだが、壮絶な人生の中で神様が一人一人と出会ってくださっていることがはっきりと分かる。神様が今も生きて働いていらっしゃることがとてもよく伝わってきた。

これが私のストーリーです THIS IS MY STORY高橋 知寿さん

 

これが私のストーリーです THIS IS MY STORY 古屋良子さん

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