いつでも笑って生きられるように

今日の出来事

今日は送迎の仕事が立て込んでいた。最初は透析の患者さんを遠方から運ぶ仕事。午前7時に病院を出ないと透析時間に間に合わない。その後外来の迎え時間となったが、ひとりのドライバーさんがご家族で急病人が発生したということで急遽自分がその人の分もまわることになった。最初はOさんという70代の女性とその30mぐらい離れたところに住んできるMさんという透析の男性患者さん。この2人はご近所だが非常に仲が悪いとのこと。Oさんは手ぶらで車に乗り込みスライドドアーを閉めようとすると「ちょっと!玄関に荷物があるんだからとって来なさいよ」と命令口調。それをとって来て車に乗せると「ドアの鍵を閉めていなさい」とまた命令口調で言われた。なんでこういう言い方しかできないのかな。運転手を僕や召使いのように思っているのだな、と悲しい気持ちになった。車中は犬猿の仲の2人が乗っているわけだから無言状態。何故かMさんはゲームをしている。70歳を超えている年齢である。少し違和感を感じながらも病院についた。相変わらずOさんが「早く荷物を降ろして運びなさいよ」と言ってきた。「その言い方は酷くないですか?」と思わず言いそうになってしまったがイエス様は謙遜と柔和を教えるために今日この人に出会わせてくださったのだと思い堪えた。時々こういう自分勝手なおばあさんがいる。すごく短気でイライラしているのは認知症の始まりなのかもしれない。とにかく耐えるしかない。

もうひとりのおばあさん

その後すぐに車を走らせまたふたりの方をお迎えに行った。ひとりはYさんというおじいさん。以前にも投稿した経札おじいさんである。言葉は全くわからないが何故かこのYさんとは気があう。そしてもうひとりがKさんとおっしゃるおばあさん。腰が直角近くまで曲がっていて補助の歩行器を押しながら歩く。このKさんがとにかくおしゃべりでずっと話しかけてくれる。そしてその話がとても良い話ばかりなのである。今日は自分の身の上と生い立ちを話してくださった。「私には生んでくれた母親と育ててくれた母親がいるんだよ。産んでくれたお母さんはすごく優しい人だったんだけど病気で死んじゃってね。その次のお母さんが育てのお母さん。この人はとにかく厳しい人だった。常に私のことを叱っているか注意するかのどちらか。この母親から褒められたことは一度もなかった。この母親が笑ったところを見たこともない。この母親がある時病気で入院をしたのさ。看護師さんが母のところにきて『おはようございます。今日のお加減はどうですか』と聞いても返事はおろかニコリともしない。なので堪りかねた看護師さんが『あのね、石でできたお地蔵さんだって笑うんだよ』と言ったぐらい。こんは母親に育てられたから自分は小さい時から『特別に幸せじゃなくてもいい。とにかく毎日笑って過ごせる人生を送りたい』って思ったのさ。これだけ人生長く生きていれば色々なことがあったよ。悲しいことも辛いこともたくさんね。7年前に乳がんを患ったんだよ。これで死ねるって少し晴れ晴れした気分にもなったけど結局手術で治っちゃった。あの時死んでいたらよかったのかもしれないね。でもね、いろいろな事があったけど何でも『自分はこういう運命に生まれついたんだ』と全てを受け入れて感謝する事。これが毎日笑って生きる秘訣だって気づいたんだよね。」何か涙が出るようなお話だった。腰の曲がったおばあちゃんが人生をそのまま受け入れて笑顔で生き続けている、こういう事が人に感動を与えるのだと思う。願わくはこのKさんに神様のお話ができるチャンスが与えられるようにと祈るものである。

「死に向かう者に『あなたの罪は赦された』と言うイエス」 河原 久牧師 講演会 第8回

 

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