中3男子刺殺

何故

仕事中にネットニュースが入ってきた。愛知県で中学3年生の男子生徒が同学年の生徒に刺され意識不明の重体、というニュースだった。悲しすぎた。同い年の子どもを持つ親としてとても他人事とは思えない重大な事件である。状況や動機などはどうでもよかった。とにかく命が助かることをひたすら祈り求めた。が、それから数時間後にこの男子生徒が亡くなったことを知らせるニュースが入ってきた。

何故?何故?何故?と頭が混乱してきた。自分の子どもが生まれた同じ年度にこの男子生徒も生まれた。心からの歓迎と祝福につつまれて望まれて生まれてきたことだと思う。親御さんにとってかけがえのない愛の対象であり自分の命をかけてでも守りたい存在だったはずだ。それなのに何故?神様はこの状況を見ておられたはずなのに何故止めてくださらなかったのか。命を繋ぎとめるべく癒しを施すことができたのに何故命がとられることを許されたのか。そして刃(やいば)を向けた少年を何故事前にとめて下さらなかったのか。少年が殺人者になることを何故許されたのか。殺されるために生まれてきたわけじゃないのに。殺人者になるために生まれてきたわけじゃないのに。本当に悲しい出来事である。

長男のこと

同じく中学3年の長男。手前味噌だが優しくて素直で真面目で努力家。どこをとっても申し分のない大切な宝である。勉強はできる方ではないし少し主体性に欠けるところもある。しかし長所や能力で長男を宝と思っている訳ではない。彼が悪いことばかりして親に迷惑をかけ続けても彼は大切な宝である。本人は高校受験に向けて必死に勉強している最中である。進学先については本人と母親に意見は一致しており、自分だけが違う考えを持っている。沖縄の公立高校を第一志望にしている。現在の学校で、複数の先生から傷つけられてことで付属の高校に進学することを拒否している状態である。確かに教員の質には問題があるのかも知れないが、良い仲間、特に同じ信仰を持つ仲間がいる学校に進学してほしいというのが自分の願いである。一度その気持ちを手紙では伝えたが、本人が違う道を目標にして頑張っているのに水を差すのは良くないとそれ以降は言わないことにしている。どんどん学力もつけているのでこのまま合格して沖縄の公立高校に進学するのだろうか?毎日、特に力を入れて祈る課題である。

お友達

先日、長男と電話で話した時にお友達のことを紹介してくれた。そのお友達は将来「牧師」になる夢をもっており、今からその準備をしている。この友達が長男のところに来て話してくれたそうだ。

お友達曰く
「君も一緒に系列の高校に進学することを願っているけど、それが叶わないなら僕は君のために毎日寮の礼拝や祈祷会で話されたメッセージを要約してLINEで送るよ。そしてもしも土曜日に行事などがあって教会に行けない時も、こちらの礼拝メッセージを送る。そして『何故教会に行かないんだ』と愛を込めて注意するから覚悟しておいて」。

このお友達の話を聞いて涙が出た。父親以上に長男のことを気にかけてくれている。そんな素晴らしい友達に巡り会えて長男は本当に幸せ者だと思った。

愛知の刺殺事件に於いて、加害者と被害者になった2人にそのような心が通う、真剣に思って愛情を注いでくれる友達はいなかったのだろうか。本当に残念でならない。先生との出会いも大切。でも友達との出会いはもっと大事。

悲しくて悔しくて落ち込むだけの事件だった。

責め、攻撃してくる人の前で | イエスの最後の四日間から学ぶ人間関係③

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