十和田湖と奥入瀬(おいらせ)渓流

道のり

昨日は仕事が休みだった。いくつかやらなくてはならないことがありそれをしていたが、何となく晴れない気持ちをなんとかしたく昼前から出かけた。あてもなく車を走らせたがとにかく車中で神様と交わるべく祈りたかったので遠くへ行こうと思った。それほど遠くではなかったがとりあえず十和田湖方面に向かうことにした。黒石を通過してひたすら102号を走る。この102は黒石のインターを過ぎたところから急に車線が片側一車線になる。そして更に進んでいくと段階的にその一車線が狭くなっていく。いよいよ山道に入ると対向車とのすれ違いが難しい様な場所を何箇所も通過する。廃屋(別荘?)が建ち並ぶ集落をすぎて更に山を登て行く。途中数百メートルだけだが岩手県になる。クマが出てきてもおかしくない様な道で対向車にも出会わない。もしもクマに襲われても誰にも助けられることなく命を落とすのかな、と思った瞬間に見たことの無い生物に出会った。あとで調べたらニホンカモシカだった。ひたすら車を走らせると今度は山を下る道になる。どこまでも下って行くとやがて十和田湖畔を走行するようになる。そして目的地である十和田湖、子ノ口に着く。そこに車を置いて今度は奥入瀬渓流を歩くことにした。田舎で暮らしているが、奥入瀬の自然界は全く別世界であった。釣り好きの自分は最初釣りのことばかり考えていた。が、とにかく素晴らしい自然の中を歩きながら神様による創造のことを考えていた。感動する自然界を写真に収めようとシャッターを切り続けたが、後で見返して本物の1割も再現できていないことに気づきがっかりした。鳥の鳴き声と渓流の音、木漏れ日や匂いなど全てが写真には収まらなかった。その様な自然の中で神様に祈り続けた。

祈り

自分のこれからを考えると不安しかない。このままひとりで生き歳をとっていく決心がまだできていない。仕事もどうなるのか気がきではない。このまましたくもない仕事を続けるのかと思うとどこかで崩壊してしまいそうになる。そして何より寂しくてたまらない。そんな思いを持ちながら神様に泣きながら祈りやってきた十和田湖。自然に触れて少し心が軽くなった気がする。軽くなったというより、神様が共にいてくださることを実感できたという方が正しいかもしれない。神様が共にいてくださる、これ以上に素晴らしいことはない筈なのになぜ自分はうなだれているのだろうか。寂しさや悲しさが完全に払拭できたわけではないが神様の臨在を感じながら過ごせた時間だった。そしてもう少し生きてみよう、と決心した。

すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

 Now no chastening for the present seemeth to be joyous, but grievous: nevertheless afterward it yieldeth the peaceable fruit of righteousness unto them which are exercised thereby.

ヘブル人への手紙12:11

 

2021年6月26日 安息日礼拝〈ライブ〉
メッセージは54:11から

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